ホテルニューグランドの横を通り抜けると
道の向こうに氷川丸が見えてきた。

みなとみらいも好きだけど、古い客船がすました顔で停まっている山下公園は
「いかにも港町横浜です」みたいな雰囲気がいい。

信号が青に変わったのを確かめて歩き出した時だった。
肩にかけたナイロンバッグを後ろから思い切り引っ張られた。

「きゃあ!」

バランスを崩して、思わず女の子っぽい
悲鳴を挙げて後ろに倒れ込んだ。

と思ったら、誰かにがっちりと抱きとめられた。
私のすぐ目の前を車が猛スピードで走っていく。

「危ないだろ!」

頭の上で、怒鳴り声がした。

この声、もしかして…。

恐る恐る顔を上げた私の視線の先にいたのは、やっぱりあの男だった。

「うわ、出た!」

とっさに逃げようとして、男に手首を掴まれた。

「危ないって! まだ赤!」

男が赤信号を指差す。え? 赤信号?

「うそ…だって、青になったから、渡ろうとしたのに」

青だったから渡ろうとしたのに、どうして?

呆然としていると、男が顔を寄せてすごんだ。

「お前さ、助けてやった人間に『うわ、出た!』
はないんじゃねえの?」

だって、どう考えたって、おかしくない?
こんなにしょっちゅうこの人に遭遇するなんて。

「あなたこそ、私の後をつけてきたんですか?」

なめられないように、目に思い切り力を入れてにらみ返す。

「お前、本当にいい加減にしろよな。俺はランニング中だったんだよ」

「嘘! お正月に群馬にまでついてきたくせに。
これ以上つきまとったら、警察に行くから! 
このストーカー男!」