「医師は学び続ける覚悟と、奉仕する心がなければ、続けられない仕事よ」
 
その言葉が私に向けられているのだと気づくまで、少しの間があった。

「違う生き方をしたいと思っていましたか?」

「どうかしらね」

真紀子さんは少し考えてから笑った。

「ただ、今となっては、懐かしいわ。
忙しかった日々が。
誰かを助けることが私を支えていたのでしょうね」

笑顔なのに泣いているような顔。

残酷な質問をしたことを、私は後悔した。

けれど、やっぱりこの人は真紀子さんだった。

背筋を伸ばし、誇りに満ちた顔で毅然と言った。

「私には医師になるしか道がなかったの。
でも、あなたは違う。
何を選ぶにせよ、人のせいにするのはおやめなさい。
人のせいにした途端、人生の舵を他人に委ねることになるから」

テーブルの向こうから白く骨ばった手が伸びてきて、私の両手を優しく包んだ。

柔らかくて、温かい手の感触が懐かしい。

そのとき、突然思い出した。
真紀子さんの口調はいつだって淡々としてそっけなかったけれど、
その手はいつだって温かくて、不安がる小さな私の手を包んでいてくれたことを。

真紀子さんの顔が、ブレて見えた。

「ありがとう」

意識する前に、言葉が口からこぼれた。
こちらの真紀子さんに言いたくても言えなかった言葉だ。

「ありがとう」

2回目のありがとうは、目の前にいる真紀子さんへの言葉だった。