真紀子さんに会いに行った帰りは、すぐに電車に乗る気になれなくて、
一駅分くらい歩いてしまう。

普段は考えないようにしていることや見ないようにしているものが、
心の表面に浮かび上がってくるせいかもしれない。

「たまには顔を見せてあげてよ」とか
「なんで坂の上の施設にしたの」とか。

言いたいことはいくらでもある。
ほとんどは父への不満だ。

でも、それを言ったところで
「プロに任せればいい」と言い返されるに決まってる。
全部任せられるからこの施設にしたんだ、って。

でも、そういうことじゃない。

変わってしまったように見えても、
真紀子さんは着心地のいい下着しか着たがらないのだ。

昔のように真っ白で糊のきいたシャツの襟を立てて、
ロングスカートにハイヒールを履きこなすことはできなくても、
せめて好みの色の服を身につけていてほしい。

そもそも、父は真紀子さんに会いたくならないんだろうか。
そう思いながらも、直接父に尋ねたりはしない。

だから、歩く。

かさばるバッグを抱えてドカドカ歩くと、
モヤモヤが体の外に出て行く気がするのだ。

いわゆる、毒出しってやつ。
美園の前で言ったら、「デトックスね」と言い直されそう。

元町商店街の人混みに足を止めて気づいた。
うつむいて歩くのがもったいないくらいの冬晴れだ。

そうだ、山下公園に海を見に行こう。

私は肩にかけたナイロンバッグを持ち直して、
JRの駅とは反対方面に歩き始めた。