「長年、仕事と家事に追い立てられていたんですもの。
人生の最後くらい、楽をさせてもらってもバチは当たらないでしょう」

ここはいわゆる、高級高齢者向けマンションらしい。

「コンシェルジュもいるし、美味しい料理も出て来るし、快適なのよ」

いつも通りきっぱり言い切る真紀子さんが、なんだか小さく見える。

この人とこれ以上、何を話せばいいんだろう。
いや、あった。聞きたいこと。

「あの、聞いてもいいですか?」

「私に答えられることなら」

真紀子さんの言葉に、私は強く頷いた。

答えてくれないと困る。
私が聞きたいことは、真紀子さんにしか答えられない、だけど聞きそびれてしまったことだったから。

「どうして医者になったんですか?」

予想外の質問だったらしい。
不意打を食らったようにフリーズしてから、真紀子さんはふっと口元をゆるめた。そして、膝の上のハンドバッグから何かを取り出し、私の前に置いた。

それは、一枚の写真だった。
白黒の古びた写真。
小さな女の子を挟むように、学生服を着た大男の子が二人。

「これ、誰ですか?」

「右が私の兄で、左が兄のお友達。
真ん中のかわいい女の子が私よ」

そう言って、真紀子さんはふふ、と笑った。
こちらの真紀子さんは、冗談も言うんだ。

「知らなかった。真紀子さんにお兄さんがいたなんて」

「そうね。何も話してこなかったわね」

真紀子さんはそうつぶやくと、静かに語り始めた。