医学部に行って、医師になる。

その覚悟が決まらないまま、私は相変わらず勉強している。
寂しさを勉強で紛らわしているような気もするけど。

退院した父は、前よりも家に帰ってくるようになった。
相変わらずほとんど喋らないし、私の生活にはほとんど影響はない。
だから私は授業のない日も塾に行き、涼しい自習室でひたすら勉強していた。

朝から、暑い日だった。

横浜駅から塾まで、5分歩くのもうんざりするほど。
それなのに。
道を曲がったとたんに、太陽が消えてしまったのかと思うほどの寒気に襲われた。

「さおり」

静かに、それでいてよく通る声に呼び止められ、私は立ち止まった。
その声の主を見つけて息が止まる。

そして、目の前にいるのが私の祖母ではない真紀子さんだという事実を思い出し、大きく息を吐いた。

「なんです、そんな、まるで幽霊を見るような……」

答えに詰まった私の顔から、真紀子さんは何かを悟ったらしい。

しかし、自分の心の動揺を私に見せまいとするかのように言った。

「寒いでしょう。ついていらっしゃい」

そして、私の返事を待たずに、さっさと歩き始めた。