プール棟は温水プールの生暖かい空気と静けさに包まれていた。

人が消えた世界に自分だけ取り残されたような気分。
私はそばのベンチに力なく座り込んだ。

どうしようもなく、疲れていた。
激しく揺さぶられた心に、エネルギーを根こそぎ持っていかれた気がする。

もう、何も考えたくない。私は静かに目を閉じた。

いつのまにか眠っていたらしい。
男の人の話し声に、私は目を覚ました。
プールの更衣室から出てきた一人と、引き合うように目が合う。

「さおり……!」

「直規……」

ふらふらと立ち上がった私に直規が駆け寄る。

大きな体で抱きとめられた途端、こらえていた涙が堰を切ったように溢れた。

「ごめん、先に帰ってて」

直規が仲間に謝る声。
泣き止まなきゃと思うのに、溢れ出た涙は止まらない。

直規の胸に頭を預け、背中をさすってもらううちに、私は落ち着きを取り戻した。

「ごめん……ありがと」

「うん」

直規の大きな手のひらが、私の頭をすっぽりと包むように撫でる。

「お母さんに……会った」

「え!?」

驚いた直規が私の顔を覗き込む。
さっきまでのできごとを話すうちに、また涙が出てくる。
それでも直規は辛抱強く聞いてくれた。

「よく頑張ったな、さおり」

直規がもう一度私の頭を撫でる。

「でも……ちょっとうらやましいな」。

ごめん、直規。
こんなごほうびをもらっておきながら、
泣く私は贅沢だ。
直規だってお父さんに会いたいのに。

「謝ることないって。
それより、デートしよう。せっかく会えたんだから」