秋の日が傾きかけた新逗子駅で切符を買うと、私は健太くんを振り返った。

「じゃあね」

それまでずっと黙っていた健太くんが、じっと私を見て口を開いた。

「姉ちゃん」

驚いたけど、当たり前の顔で返した。

「なあに、健太」

「きてくれて、ありがとう」

ううん、と頭を振る。

「でもさ……。やっぱり、
姉ちゃんも母さんも死なずに済んで、
俺も生まれて……それで、家族四人で暮らしたかったね」

私も、同じことを考えていた。

「どこかに、きっとあるよ」

「え?」

「誰も死なずにすんで、健太が生まれて、家族四人で暮らしてる世界が。
パラレルワールドはたくさんあるんだって。だから、私たちが知らないだけで、きっとどこかにあるよ」

「そうだといいな。
その世界の俺は姉ちゃんに勉強を教わってもできなくて、
『バカ!』って怒られるんだろうな」

「それで姉弟げんかになって、二人揃ってお母さんに叱られるんだよ」

同じ光景を想像して、声をあげて笑った。
できるだけ、大きな声で。

でも、健太の顔はすぐに泣き笑いになった。
うつむいて、子供みたいに手の甲で涙をゴシゴシこする。

私はこぼれそうになる涙を必死で抑えた。
背伸びをして坊主頭を撫でると、こらえきれないように健太が私の肩に頭を乗せる。その重みをしっかり味わった。

その時、目の前の健太の体が、電波の悪い中継映像みたいにブレて見えた。

どうしてだか、健太とはもう会えない気がした。
健太と私の周りの空気が、ぷっつりと切り離されていく。
私たちの世界が離れていくような気配が漂う。

健太も、同じ気持ちなのだろう。

「健太。お母さんをよろしくね」

私の弟が、無言でコクコクと頷く。

そろそろ、電車に乗らなきゃ。

私は急いでカバンを探った。
何か、フォーゲット・ミー・ノット・ブルーのもの。
ペンケースから水色のペンを取り出し、健太の手に握らせる。

そして改札をくぐる直前、振り向いて言った。

「私のこと、忘れないでね」
「姉ちゃんこそ、忘れんなよ!」

改札の向こうで、健太が大きく手を振る。
その姿を目に焼き付けて、私は赤い電車に飛び乗った。