「幼稚園の遠足の時、具合が悪くなったお母さんを私が診たの。
それが、さおりにとっては印象的だったんでしょうね」

何それ。全然覚えてない。

「そうなの?」と目線だけで尋ねる健太くんに小さく首を振った。

「お父さんやおばあちゃんには、止められたけどね。
『小さい時に言ったことなんて子供は覚えてないんだから』って」

確かに。
それは父や真紀子さんが正しい。
実際、覚えていないし。

「あの日、本当はもっと早く関内に行くはずだったの。
でも、私はひどいつわりで、まかなか起きられなくて。
迷ったけど、義母にお願いしたの。
さおりを連れて行って欲しいって。
でも、断られちゃって」

「つわりって……俺、もう一人、姉ちゃんがいたの?」

「お兄ちゃんだったかもしれないけどね」

ごめんね、とお母さんがつぶやく。
あの事故のショックで流産したんだろうか。

でも直規は前に「金髪は一人っ子だ」って言っていた。
そう考えると、この世界のさおりが死ななくても同じだったような気がする。

お母さんにそう言ってあげたいけど、言えないのがもどかしい。

重苦しい空気を断ち切るように、お母さんが言った。

「今度は、さおりさんの話を聞かせて」

私は聞かれるままに話した。
部活ではなく図書委員をやっていること、
バンジージャンプが好きなこと……。

でも、将来の夢は、言えなかった。

窓の外が暗くなったことに気づいたお母さんが壁の時計を見た。
私の家にはない、シンプルな木の時計が律儀に時を刻む。