そしてまた世界は枝分かれする

「それにしても……そっくりだわ」

お母さんは、コーヒーを飲む私の顔をまじまじと見つめた。

うちとまったく同じ無垢の木のテーブルに、
うちの戸棚に眠っているのと同じブランドのカップ。
コーヒーに添えられているのは大福だ。

「どうしてそっくりってわかるの? 
5歳までの顔しか知らないのに」

本当のことを知ってるくせに、健太くんがお母さんをからかう。

「そうだけど……。
さおりがそのまま大きくなったような顔と声なんだもの。
あの子と話してる気になっちゃう」

そりゃそうだ、本人だもん。でも、わかってくれて嬉しい。

「さおりさん、ご兄弟は? 
どこに住んでるの? 
お父さんは何をなさってるの?」

「母さん、そんないきなり…」

「姉が一人いて父は会社員です。家は市営地下鉄ブルーラインの三ツ沢下町です」

私は美園のプロフィールをそのまま口にした。
健太くんがぎょっとした顔でこちらを見る。

できれば嘘はつきたくない。
でも、これ以上、お母さんの心を乱したくなかった。

「お……母さんは、お医者さんなんですよね。
八月一日クリニックって何科なんですか?」

「夫が脳神経外科で私が婦人科よ」

あの父が病院を辞めたなんて信じられない。
真紀子さんが亡くなった時だって、骨上げを放り出したくせに。

黙った私の横で、健太くんが質問を続ける。

「もともと開業するつもりだったの?」

「お母さんはね。
女性が気軽に来られるクリニックを作るのが夢だったから。
でも、さおりが亡くなって、私は仕事もできなくなって、病院もやめちゃって。
お父さんは私を一人にしておけないと思ったんでしょうね」

私の死が父を変えて、お母さんの夢を叶えた。

それは悪いことじゃないし、嬉しい。
だけど、一人置いてきぼりにされたような気がする。