「俺は一つ」

「は? 何が?」

リビングに戻って聞き直したのに、私の目を見ずに、父が言う。

「餅」

「餅?」

ああ、お雑煮のことか。それなら最初からそう言えばいいのに。

まさか、元旦から父と食卓を囲むことになるとは。
私は、ダイニングテーブルに座っても、
相変わらずテレビを目で追う父をちらりと見た。

前はお正月と言えば三段重のおせち料理を食べたけど、
今年はお雑煮とお煮しめしか作っていない。
黒豆もきんとんも買ってきたものだ。
まあ、父にはそんなことはどうでもいいって言われそうだけど。
だから、言わないけど。

「無理しなくていい」

「は?」

まただ。この人は、私と意思疎通する意思があるのだろうか。

「大変だろ」

父がお煮しめの皿から箸でしいたけを持ち上げる。
無理して料理をしなくていい、と言いたいらしい。

「別に。そんなに大したもの、作ってないし」

普段は父がほとんど家にいないことを考えると、
食事は外食した方がコスパもいいしタイムパフォーマンスもいい。

掃除はお掃除ロボに、洗濯は乾燥まで洗濯機に任せているし、
効率よくやっている方だと思う。

でも、料理は別だ。料理をしないとリズムが狂う気がする。
真紀子さんによって私の体に刻まれた
生活リズムが崩れることの方が私には怖い。

「勉強は?」

「やってるよ。内部でも医学部はそれなりに大変だし」

「え、なんで?」

ずっとテレビと箸の先しか見ていなかった父が私を見た。
もうすぐ元旦が終わるのに、今年初めてだ、父と目があったのは。
っていうか、何ヵ月ぶりだろう。
っていうか!