「まだいるよ」

直規が笑って私の頭をわしわし撫でる。

「ちょっと! やめてよ!」

まだ一緒にいられるのが嬉しいくせに、
それを気付かれるのが恥ずかしくて、
つい憎まれ口を叩いた。

今日は、まだ一人になりたくない。

だから、「送るよ」と言われる前に、
私から切り出した。

「山下公園の中を通って行かない?」

思い出の場所に、
もう一つ思い出を足したかった。

うなずきかけた直規が、
「でも……」と言葉を濁す。

きっと、自分が突然消えた時に、
私を一人にするのが心配なんだと思う。

「大丈夫だよ。
まだそんなに遅くないし、
ジョギングしてる人もけっこういるし」

うーん、と直規が考え込む。

「行こうよ」

マリンブルーのメッセンジャーバッグを引っ張ると、
やっと「仕方ねえな」と笑って頷いてくれた。

バス通りを歩いてホテルニューグランドの前まで来ると、
山下公園の向こうの海に、
ライトアップされた氷川丸が見えた。

「わあ、きれい!」

青信号で駆け出そうとした瞬間、
「危ない!」とカバンを引っ張られた。

びっくりして振り返ると、
「うそでしたー」と直規が横を走り抜けていく。
もう、子供か!

「ダッセー、騙されてやんの!」

高笑いする直規を走って追いかける。

「卑怯者! ライフセーバーのくせに!」

「それ、関係ねーだろ! ガキ!」

「うるさい! 本当は同い年のくせに!」

直規と私のはしゃぐ声が夜の公園に響く。
ベンチに座ったカップルが、驚いてこっちを振り向いた。