「この前、置きっ放しにしたマグカップを洗ってくれたのって……」

「ええ、私よ」

「ごめんなさい。ちょっといろいろ気を取られていて」

素直に謝ったけれど、真紀子さんは「そう」とそっけない。

ああ、やっぱり真紀子さんだ。

でも、この人はいったいどの世界の真紀子さんだろう。
それに、ここがどんな世界かわかっているのだろうか。
少なくとも二回はここに来ているということは、
この家の主人がいないとわかっているのだろう。

けれど、なぜこちらの真紀子さんがここにいないのか、わかってるのかな。
知らなかったら、教えるべきか。
いや、プライドの高い真紀子さんはショックを受けるかもしれない。
いくら私でも、これは迷う。

「私がここにいても、驚かないのね」

そう切り出されて、助かったと思った。

「驚いてはいるけど……
知ってるんですか? こっちの世界のこと」

「昔からの知り合いに会ってしまってね。
だいたいのことはわかったわ。
こちらのゆかりさんが亡くなったこととか、
こちらの私が入院していることとか」

「何度も来てるんですね。こっちの世界に」

「そうね、何度か。ということは、
あなたも別の世界に行ったことがあるのね」

「まあ、いろいろと」

お互い、探り合うような会話がもどかしい。

「こちらは今日、何月何日かしら」

「6月5日です。2017年の」

そう、とだけ呟くと、真紀子さんはカップを持ったまま考え込んだ。