タクシーを降りると、私はチャイムも押さずに、
八月一日医院の裏口のドアを開けた。
鍵が空いていたのは、たった今、このドアを開けた人がいたからだ。

「真紀子さん!」

「……さおり?」

振り返り、真紀子さんが目を見開く。
もう見ることはないだろうと思っていた、強い眼差しが懐かしい。
襟がピンと立った真っ白いシャツに、
グレーのロングスカートという組み合わせも懐かしい。

いや、ちょっと待て。
すべてが懐かしくても、この人は「私の」祖母ではないのだ。

「どうぞ」

ソファに悠然と座る真紀子さんの前に、私は紅茶のカップを置いた。
真紀子さんが特に気に入っていた、ジノリのティーカップだ。

先に「お茶を淹れましょう」と言ったのは真紀子さんの方だった。
けれど、「私がやります」と返すと、真紀子さんはあっさり引き下がった。

厳密にいえばここは自分の家ではない、
という後ろめたさがあるのだろう。

「ありがとう」

生気の無い真紀子さんを見慣れていたせいか、
ピンと尾を立てた折り鶴のような真紀子さんを前にすると、
少し緊張する。
正面に座る気にならず、私は斜め前の席に座った。

追いかけて来たはいいけど、何をどう話せばいいんだろう。
戸惑っている私に、真紀子さんがいつものポーカーフェイスで切り出した。

「一応、『初めまして』かしら。この場合」

ティーカップを置いて会釈をすると、真紀子さんの銀髪のボブが優雅に揺れた。

いつも以上に他人行儀な言い草。
それには答えず、私は尋ねた。