ぼんやりした頭のまま塾に行くと、テンションの高い声に呼び止められた。

「あれ? あ、やっぱりさおりんだ!」

最悪だ。
塾なんて横浜にはいくつもあるのに、よりによってフジミんと一緒だなんて。

適当にあしらって通り過ぎようとしたけど、そうはいかなかった。

「やっぱり俺たち、縁があるよねえ。さおりんも受験するの?」

ペラペラ喋りながら勝手にくっついてくる。
お母さんにかまってほしくてまとわりつく幼稚園児みたいだ。

無視して自分の教室のいつもの席に座ると、
フジミんは当たり前みたいに隣に座った。

「ねえ、俺って将来、何になればいいと思う?」

「はあ? 何でそんなこと私に聞くの?」

「だってほら、いつもズバッと言ってくれるでしょ」

「そう言われても、よく知らない人のことなんて、答えられないよ」

「じゃあ話すよ」
フジミんは、開きかけたテキストを私から取り上げて自分の方に向かせた。

「俺も昔は野球少年だったんだ。
でも少しでもミスするとすげえ怒鳴られるんだよ。
怒られないようにすることばっかり考えてたら、何だか嫌になっちゃって」
 
意外と繊細なんだ。

「やめたいって言ったら、親も監督も
『弟の方がうまいからって逃げるな』だってさ。
そんなこと、どうでもいいのに」