「か…おり…です」

とっさに思いついた名前を口にした。
彼女の顔に静かに広がる、失望の色。

ごめんなさい。嘘をついて。

心の中で謝った。でも、仕方ない。
私はるいさんの知っているさおりじゃないし、
本名を名乗っても、混乱させるだけだから。

「ふふ」とるいさんが小さく笑った。

「実はね、あなたにとっても似た人を知っているの。
でも、年齢も違うし、それに……」

るいさんはそう言ったまま、遠くを見るような目をした。
何だろう、気になる。

私は我慢できずに、「それに?」と先をせがんだ。

「あの子がここに現れるわけはないし」

そう微笑んだるいさんは、
やはりチョコの香りが漂う自分のカップに手を伸ばした。
微笑んでいるのに、泣いてるようにも見えるのはどうしてだろう。

「ごめんね、おかしな空気を出しちゃって」

るいさんが申し訳なさそうに目を伏せる。
何だか、悪いことしちゃったかな。

「いえ、そんな。私が知らないだけで、
そっくりな遠い親戚がいるかもしれないし。
世の中には自分とそっくりな人が三人いるって言うし。
私とさおりさんと、あと一人見つかればビンゴですね」

一気にまくし立てると、るいさんはちょっと驚いた顔をしたけど、
「そうかもね」と笑ってくれた。