そうしているうちに、彼女がカップを載せたトレーを手に戻ってきた。

「どうぞ」と差し出されたカップを見て、ドキッとした。
私がいつも使っているものと色も形も同じ、赤紫のマグカップ。

動揺を隠して、カップを手に取る。
口に広がったのは、私が好きなもの。
たぶん、金髪のさおりも好きな、
チョコレートソースをかけたカフェラテ。

この人はいったい、何者なのだろう。
2022年なら、この世界のさおりは23歳。
だけど、この人はもっと年上に見える。
若く見えるけど、アラフォーかな。

様子をうかがおうとして、
先に彼女が私をじっと見つめていることに気付いた。

まるで「自分が知っているさおり」の面影を
必死に私の中に探すような、切羽詰った空気。
私はいったいどういう顔をしていればいいんだろう。

仕方なく、両手で包んだカップの中を見つめていると、
彼女が先に口を開いた。

「あなた、お名前は?」

絞り出した声と、すがりつくような目。
何て答えたら正解なんだろう。

「ごめんごめん。先に私が名乗るべきよね」

「あ……いえ」

「私は、野村るい。フリーランスでヘアメイクの仕事をしているの」

ヘアメイクさんなんだ。そう言えば、るいさんも部屋も洗練されてるもんね。
って、感心している場合じゃない。

どうしよう。こんなにお世話になっておきながら、
だんまりを通すのも気が引けるし。