この人、私に気付いていないの?
あれだけさおりさおりって呼び捨てにしたくせに?
もしかして別人?
「え? あ、はい」
いや、この際、何でもいい。
相手が気付く前に、さっさと離れよう。
私は軽く会釈すると、急いで踏切台へ向かった。
「お、今年も来たな」
顔見知りのスタッフさんが私に気付いて笑った。
そうだ、私は元旦バンジーをしに来たんだ。楽しまなきゃ、もったいない。
私は高さ40m以上の踏切台に立った。
うわ、高い。
さすがに緊張で足が震える。
こんな時こそ、マイルールの「迷うな。決断は10秒以内で」だ。
「行けそうなら教えて」
「行きます!」
迷う前に返すと、スタッフさんがニヤリと笑った。
私も半分やけくそでニヤリと返す。
無理にでも笑うと、体に気持ちが引っ張られてテンションも上がる。
そんな気がするだけだけど、そういうことにしておく。
両腕を肩の高さまで水平に掲げると、
スタッフさんのカウントダウンが始まった。
「5、4、3、2、1」
0の声と同時に、全身をゆっくりと前へ倒す。
体がふわりと浮かび、頭が真っ白になる。
けれど、次の瞬間に急降下し、風圧にさらされる。
そして、今度は足からつま先にかけてドンという衝撃とともに、
体ごと真上に持ち上げられた。
すぐに体が振り回され、上下左右がわからなくなる。
揺れが治まった頃、川の上で待っていたボートに回収された。
こうして見ると、やっぱり高い。放心状態で橋を見上げながら、
私は高ぶる気持ちを静かに味わっていた。
私だって、橋の上に立てば、足がすくんでお腹がキューンとなる。
心臓の鼓動だって、オーバーヒートするんじゃないかってくらい速くなる。
でも、こんなドキドキ感は、私の生活のどこにもない。
だからこそ、体中の骨がミシミシ音を立てるようなドキドキ感の中に、
自分を丸ごと放り込んでしまいたくなるのだ。
ドキドキの中へ飛び込んだ後は、
こうしてボートの上から真っ青な空を見上げる。
達成感とか爽快感とか、そんなキレイな言葉には収まり切らない、
満たされた感覚。
こんな気持ちにしてくれるものを、バンジー以外に私は知らなかった。