卒業式までの**日間、
 3年生は授業が午前中だけなので、
 学校からバイト先・其の壱に直行する。


 最寄り駅から 
 直通電車で通勤時間は約*0分。

 満員の車内からやっと解放され駅を出ると、
 近くに林立するビルの中でも際立って真新しい
 高層ビルが嫌でも視界に入ってくる。

 つい先日知り合った各務社長の会社、
 ”コスモグループ”が入居している
 この辺りで一番大きいオフィスビルだ。

 (因みに、筆頭子会社”コスモ企画・本社も
  このビルに入居している)
  
  
 通行証でエントランスのセキュリティゲートを
 通過し、
 地下2階にある清掃員控室に向かう為
 エレベーターを待っていると誰かが
 私の肩を叩いた。


「悠里。おはよう」


 声を掛けてきたのはコスモ企画・総務部に勤務する
 国枝 利沙だった。
 
 彼女、年は私と同じだけど、
 2年前までハワイで暮らしていた帰国子女で。
 
 ハワイに在住中、州立大学で経済学の博士号を取り、
 飛び級で卒業したという才女。

 一流大学を主席で卒業して鳴り物入りで入社した
 どこぞの幹部社員達なんかより、
 実戦力になる若手社員のホープだと思う。
 
 彼女の従姉妹が私のクラスメイトで、
 それで利沙ともあっという間に仲良くなった。


「おはよう、利沙。―― あ、ねぇ。
 コスモグループの社長さんって知ってる?」

「って……”各務社長”の事だよね?
 うん、勿論知ってるよ。何せ入社試験の三次選考は
 社長とのガチ面接だったしー」


 利沙から返って来たのは、
 私が土曜日の朝にあの男性から受け取った名刺に
 書かれていた名前だった。

 やっぱり”各務柊二”という男は、
 このコスモ企画の母体組織コスモグループの
 社長で間違いないらしい。


「歴代最年少の社長誕生だって大騒ぎされた時
 小耳に挟んだんだけど……仕事とプライベートでは
 二重人格か?って思えるほど人が変わるんだって?」

「アハハ ―― そりゃ、各務さんに先を越され同期の
 やっかみよ。でもさ、ボーダーすれすれだった業績を
 一気に持ち直させた実績は正当評価されるべきよ。
 自分にも他人にもすごく厳しいのは致し方ない、って
 ことだろうね」


 利沙の話を聞いて、ある社員さんの事を思い出した。
 
 その人はとても優秀な幹部候補生で、
 地方支社での研修を経て本社秘書課に配属された
 にも関わらず、たった1年でギブアップ。
 
 会社を辞めてしまったのだ。


 先に着いたエレベーターは階下行きだったので
 私は先にエレベーターへ乗り込んだ。


 地下2階の控室に向かう道すがら利沙との会話を
 思い返していた。


 2年前に就任した各務社長はとにかく厳しい。
 
 残酷で恐ろしい人だ ―― 
 
 私の属する”ヒロセクリーンサービス”他
 2社の清掃会社スタッフが詰める控室は
 コスモ企画の若手社員さん達が集う ”たまり場”
 みたいになっていて。
 
 新入社員研修で各務社長の手厳しさを
 目の当たりにした社員さんから度々そんな話を
 聞いていた。

 でも皆さんが語っていた各務社長の姿と
 木曜日の夕方に祠堂学院で見た男性の姿は、
 どうやったって結びつかない。

 あのどこにでもいるような男性がグループ内で
 ”仕事の鬼”だと比喩されている人と
 同一人物だなんて、とても信じられなかった。


 私があの日、出逢ったあの男性は、
 偶然にも鬼社長と同姓同名の別の人だった
 ――そう考えた方がしっくりくるような
 気がしていた。