―― 時間はほんの少し遡る。 

 同じ頃、道路を挟んだ反対側の歩道を椎名は
 とぼとぼ歩いていた。
   
 同窓会の帰り、勇気を出して悠里に名刺を手渡し
 ”必ず連絡をくれ”と言ったあの日から、
 もう1週間が過ぎた。
   
 そのあとはムカつくくらい仕事が忙しく、
 デートはおろか電話をかけるヒマもなくて。
   
 イライラは日ごとに増えて。
   
 考える事、といったら悠里の事ばかり……。
   
 頭の中は ”悠里” でいっぱい。
 彼女一色に染まっている。
   
   
 歩道橋の階段を力なく登り始め、その中ほどで
   
 何の気なしに反対側の歩道を見た。
   
 そして、ある1箇所で目が止まり。
   
 次の瞬間、目の前の階段を猛スピードで
 駆け上がり……。
   

 ***  ***  ***
 
   
 ばっかみたい……
 今さら泣いたってしょうがないのに。
      
 自分の不甲斐なさを責めるよう、
 私は口へ拳を押し付け声を殺して泣いた。
   
   
 次から次に溢れ出る涙の量は
 決められていないんだろうか?

 笑えるくらい溢れ出て来る……。


 少し落ち着いた私の横に、何時からいたのか?

 椎名くんが立っていた。

 わ~ん ―― 格好わるぅぅっ。


「しいなくん ―― いつ、から……?」

「―― 落ち着いたか? お前、目ぇ真っ赤」


 椎名くんは、自分を見上げてる私を見て笑う。

 私は手早く涙を拭い、性懲りもなく強がりを言う。
  
   
「ちょっと、悪酔いしただけだから……」

「悪酔い ―― って、お前酒飲んでるのかよ」

「んな事あんたに関係ないでしょ」

  
 椎名くんは私の傍らに座った。

 何も語らず、真っ暗な空を見ている。

 何故泣いていたのか?   
 理由も聞かずに、ただ黙って傍にいてくれる。

 私も何も話さなかった。

   
「―― な、腹減らね?」
 
「へ?」

「こーゆう時は腹いっぱい食えるだけ食って、
 忘れるのが一番だ」
 
 
 おっ。出ました。
 椎名くんのポジティブシンキング。
 

「寒いからよ、関東煮(かんとだき)食いに
 行かないか?」

「関東煮?」

「あ、そっか ―― 東京じゃ”おでん”って
 言うんだっけ。食いに行こうぜ。俺めっちゃ旨い屋台
 知ってるんだ」

「(どうしよう)……」 
  
「腹がいっぱいになれば気分も上がるってもんよ」

「……そうかな」

「おぅ!」


 そんな威勢のいい彼の声に釣られるよう、
 私はやっと重い腰を上げた。