グラスを持つほうの手を
 グイッと引っ張られた。


「!?」


 私がグラスを持ったまま、
 隣にいる椎名くんがゴクゴクとお酒を飲み干した。


「っは~~!!」


 その声とともに、椎名くんの手が離れたが
 触れられていた場所が変に熱い。


「かっこい~~!」


 女性群の声が飛び交う。


「おい、それはずりーぞ! このイケメン!!」


 男性群もワイワイ叫ぶ。


「あ、あの! すみません」

「何で謝んの?」

「え?」

「そこはありがとうでいいじゃん」

「あ……どうも、ありがとう」

「うん。どういたしまして」


 そう言ってニコッと微笑んでくれた。


 椎名くん、全然変わってない。


***** ***** *****

「そろそろ次、行こうぜ~」
「私、カラオケ行きたぁい!」
「俺もー」

「じゃ、二次会はカラオケって事で」


 とりあえず合コンはココでお開き。
 
 次は二次会でカラオケへ行くみたい。


「悠里はどうする?」


 利沙が笑顔で聞いてきた。
 
 う~ん……

 明日、学校は休みだけど(創立記念日)。
 明後日は現国と科学第二分野の追試が
 待ち構えている。

 (その結果が出るまで私の卒業は棚上げなのです)
  
 そろそろ部屋の荷物も片付けなきゃいけないし。
 
 就活も追い込みをかけたい。
 
 やりたい事は山ほどある。
 
 せっかく誘ってくれた利沙には悪いけど
 疲れちゃった。



「ごめん、私は帰るよ」

「そう? じゃあまた会社で」


 利沙は手を振ったあと、
 賑やかなメンバー達の元へ加わる。


「和弥、来いよ」

「……いや、いいよ。明日も早いし」

「他の奴らは休みなのに、お前も大変だな」


 横の方から椎名くんの声がする。

 椎名くんも帰るんだ

 抜けるのが1人じゃなくてよかった、と安堵した。

 すこし顔の赤い椎名くん。

 もしかして、一気させちゃったから
 気分悪いのかな……?

 水とかあれば ――

 辺りを見回すとすぐそこにコンビニ発見。

 急いで水を買って、椎名くんの元へ行く。

 もう他の人たちは行ってしまって
 1人道端にしゃがんでいる椎名くんがいた。

 (椎名くんは同窓生だけど中1の時
  交通事故で大怪我をして長期入院していたので
  年は3才上の21才)


「あの! これ、さっきは本当にありがとう
 ございました」

「律儀だな」

「とても助かったので」


 それじゃ……と、
 この場を立ち去ろうとすると


「待って」


 椎名くんの言葉に、ピタッと止まる私。


「車、乗ってけば?」


 車?
 あれ? でも椎名くん、飲んでるよね?


「来た」


 椎名くんが見る方に高級外車が止まった。

 あれ?! さっきまであんな車なかった。


 中から運転手が降りて来て
 こちらへ向かってくる。


「和弥様。お待たせ致しました」


 深々と頭を下げる運転手。

 あ、そう言え彼は上場企業の御曹司だった!
 運転手付きの送迎車くらい持っていたって
 不思議はない。


「ほら。乗ってけ」


 タバコを消した後、
 私の手を引き後部座席へ押し込むように入れた。


***** ***** *****


 車の中はカフェに流れているようなBGMが
 静かに流れていた。

 私は自分の気持を落ち着かせるよう
 その音に耳を傾ける。

 隣に座る椎名くんをチラッと見て
 すぐに車窓の風景へ視線を戻す。

 彼の近くは何故だか安心する。

 優しくしてくれたから?

 ううん、椎名くんは誰にだって優しい。
 
 同窓会の席で彼が”婚約は解消した”と言っていた
 その許嫁の女の子と去年の学祭で偶然知り合い。
 実は、婚約解消の事も椎名くんから告げられるより
 ずっと前に知っていた。

 彼女が言っていた 
 『和弥は誰にでも優しい。それは悪い事じゃないけど
  婚約者としてはかなり複雑な心境』だと ――
  
  

「ここでいい?」


 車が止まり、
 私はシートベルトを外した。


「うん、そう。送ってくれてどうもありがとう」


 車から降りおじぎをすると、


「はい。これ」


 椎名くんから名刺を貰った。
 彼の人柄を表しているよう、
 飾り気のないとてもシンプルなもの。


「あ! ごめん、私、名刺持ってない……」

「いいよ。その代わり、必ずそこの番号に連絡して」

「へ?」

「いい? 必ずね」

「(椎名くん)……」

「じゃあまた」


 私の返事を待たず、車は行ってしまった。


 同窓会で言われた言葉が思い出される ――
 
 『ボクの時間はまだ、あの時のまま止まってる』
 『結局忘れられなかった……ずっと……ずっと、
  キミのこと好きだったから』