「勉強の方はどう?」
「うん……まぁ、ぼちぼちとやってる。椎名くんは?」
「ボクは相変わらずだよ。おばあちゃんは、家業を継げ
って人を呼びつけた割には物凄く手厳しくてね、
いつもダメ出しされてる」
――ふと 気が付けば
彼の視線は離れた席にいる忍に向けられていて、
忍の方もその視線を真っ向から受け止め、
静かにかち合ったその視線からは好意的なものが
感じられないって言うか、
パチパチと静電気でも起きそうな緊迫感があって……。
「―― 椎名くん?」
「……実は、許嫁とはあれから2人でよく話し合って、
結婚を前提とした関係は解消したんだ」
「えっ――」
「だから、ボクの時間はまだ……
あの時のまま止まってる」
――あの時のままって、あれから何年経ったと……
「やっぱりボクだって、失恋の疵そういつまでも
引きずっていくのはイヤだから、仕事に打ち込む事で
キミを忘れようとした。
でも、結局忘れられなかった……ずっと……ずっと、
好きだったから」
椎名くん……
「あ、だった、なんてつい過去形で話しちゃったけど、
今でもキミの事が好きだよ」
――すがるような目
冗談……じゃ、ないみたいだね。
「――放っといていいのかー?」
椎名からの好戦的な視線を適当に受け流して、
不機嫌そうな表情でコーラのグラスを傾けている
忍に、そう声をかけてきたのは元担任教師・日下部。
今は城西大附属病院で事務長をしてる。
「何がっすかぁ?」
「とぼけんな。お前ってすぐ顔に出るからごまかし
利かねぇんだよ……ありゃどう見たって姫が
大手建設会社の御曹司に口説かれてるぞ」
「あいつが誰に口説かれようとオレには関係ないっす
から」
「ったく、素直じゃねぇのも相変わらずだな」
そんな日下部の挑発的な言葉に
いとも容易くのっけられてしまったのは、
忍も今夜はかなり酔っていたんだろう。
忍はスクっと立ち上がると、
私の方へスタスタやって来ていきなり私の腕を掴んで
「帰るぞ」と言って、半ば強引に立ち上がらせた。
「し、しのぶ……」
「ちょっ、世良――」
「ごめんな、椎名。
こいつの今のアパート門限*時だから」
はぁっ?? 門限? アパート?
私まだ施設暮らしなんだけど。
呆然としている椎名くんを尻目に、
忍は私をグイグイ引っ張ってあっという間に
外へ。
駅へ向かってズンズン歩いて。
駅の改札が見えて来た頃、
やっと忍は歩速を緩めた。
「酒の入る席であんな隙だらけの顔するんじゃ
ねぇよ」
「はぁっ?! 酒の入る席でって ―― 飲んでたの
ソフトドリンクなんだけどっ。それに!
私が誰に口説かれたって関係ないって言ってた
くせに」
「アレはだな……ちょっとした言葉の綾だろ。
そのくらい理解しろよ」
「大体、彼氏でもないあんたにどうしてそんな事まで
言われなきゃいけないの!?」
「あぁっ?? お前、ケンカ売ってるわけ?」
「はぁっ?」
私らの事を心配した幸作も後を追ってやって来た。
「ちょっとお2人さん。もうそれ位で止めとけ。
注目の的だぞ」
「……」「……」