「―― ご新規、二組入りました。あと、
9番さん ――」
『あ、あの ―― おトイレは何処ですか?』
「はい、こちらを奥へ進んだ突き当りになります」
「ユーリっ。8番さんの生春巻きあがってるから
運んで」
彼は厨房チーフの鮫島 皇紀(さめじま こうき)
さん。
左門さんとは恋人同士で、この店と同じビルの
上階にあるシェアハウスで同棲中。
「オッケー、コレね。持って行きます」
「ごめん、宜しく」
”ちょっとぉ~! さっきのまだですかぁ?”
「はいぃ、もう少々お待ち下さいませー」
”ちゃんと、しないと”
自分に言い聞かせるよう心の中で呟き、
仕事を続ける。
そこへ、電話で中座していた左門さんが
やっとフロアへ戻って来た。
「お待たせぇ~、今すぐ入るからぁ」
「ちょっと左門さん、頼むよ~」
「ごめん ごめん。もし、俺達でどうしても手が
足らないようだったら、羽柴さんが本店から
ヘルプ回してくれるってから、もうひと踏ん張り
だよ」
”羽柴さん”というのはこのお店のオーナーで、
ここの他に4店舗のレストランと2店舗のネット
カフェを経営している。
「(それ)にしても、今日は何だってこんなに
人が多いんだよ~」
「んな事オレが知るか。文句は雨に言ってよ」
”―― えっと、*番テーブルのオーダーは……”
近くに差し掛かった7番テーブルのお客様に
呼び止められた。
「悪い。ちょっといいかな」
「はい、何でしょう」
「……キミ、何か気付かない?」
「は? なにか、と……」
そう言われて考え、一瞬の後ハッとした。
「ガパオライス、ちょっと急いでくれる?」
「は、はいっ。申し訳御座いません。
すぐ、お持ち致します」
”しまったぁ ―― すっかり忘れてた”
厨房カウンターへ戻る道すがら、客席に座る
愛実の冷たい視線とぶつかった。
「何にも変わってないのね、悠里」
皮肉たっぷりに言われた。
さっきまでは英語で喋ってたのに、
わざわざ急に日本語で言ったのは私への当て付けだ
悔しいけど、何も言い返せなかった。