スノードロップは美しい花だ。そして死の花でもある。花言葉は“希望”“慰め”そして、“あなたの死を望む”。

二年前、妹・沙織はこの世を去った。通学途中、交通事故だった。自動車とバイクの衝突で、歩道を歩いていた沙織も巻き込まれたそうだ。夏の日の朝、あまりにあっけない死だった。
私は当時、岸谷との不倫で会社を辞めてからというもの、自宅に引きこもりの生活をしていた。警察からの電話をとったのは私だった。
葬儀にはたくさんの人が訪れ、生前彼女がいかに多くの人に愛されていたかを物語っていた。参列客のなかには大倉もいたはずだが、彼がどんな表情でその場にいたか、私は覚えていない。ただぼんやりと、遺影の彼女を眺め、横ですすり泣く両親を眺め、今一つわかない実感を胸に、これからどうしよう、と思っていた。

妹は死後半年経ってから、不意に私の部屋に現れた。あまりに自然にそこに「いた」が、不思議と怖くはなかった。彼女は私の部屋に居座り、いつまでそうしているんだと発破をかけ、大倉に連絡をとるように指示した。彼女の姿は父や母はもちろんのこと、私以外の誰にも見えていないようだった。
彼女が私のところにいたのはほんの一か月程度だったと思う。妹の死後半年間も、それまでと変わらず自堕落な生活を送っていた私だったが、さすがに幽霊にまで出てこられて、何もしないわけにはいかなかった。
そして大倉の誕生日、妹の指定したカランコエの花を大倉に渡したことを報告すると、彼女は満足そうに微笑み、そしてその翌朝、彼女はまたいなくなった。その後今日にいたるまで、彼女が私の目の前に現れたことはない。

彼女が本当は何を求めて私のところにやってきたのかは、最後までわからなかった。
沙織が帰ってきたとき、彼女は私にスノードロップの花を選んだ。まるで雪のように白い、下向きに咲く美しい花。就職祝い、かっこ仮、として。
その夜スノードロップの花言葉を調べた私は、“希望”“慰め”に並ぶ、“あなたの死を望む”の文字に気が付いたのだった。
もし後者の意味だったら、と思うと、背筋が凍らないといっては嘘になる。
それでも、妹が大倉に贈る花としてカランコエを選んだとき、私は彼女のやりたかったことがなんとなくわかるような気がした。
妹は大倉に、私からのプレゼントとしてカランコエを渡すようにと言った。でも私にはそれはできなかった。妹が好きだった花として渡した。妹の想いがそれで大倉に伝わったのかは、わからない。それでも、私は彼女の姉なのだという自覚を持つのがあまりに遅すぎたけれど、カランコエと沙織を結び付けておくことが、妹のためにできる最後の姉らしいことだと思った。

あれから私は、前の会社よりもっとずっと小さな会社ではあるが、事務の仕事の働き口をみつけることができた。大倉とも月に数回会う関係を続け、私の家にも招いた。母は私の同級生として、また、妹の先輩としての大倉をよく覚えていて、彼と私の交際を、涙を流して喜んだ。きっと沙織ちゃんも喜んでいるわ、と。そう言う母に、私は曖昧に笑って返した。
沙織は本当に喜ぶだろうか?自分が心底好きだった男と、自分の姉が結婚することを、嬉しいと感じるだろうか?

そして私は今日、大倉と結婚式を挙げる。