誕生日プレゼントと言って由加里から細長い四角い箱を差し出されたとき、胸が震えた。
この日を一緒に過ごしてほしいと言ったのは俺だ。でもそれは本当に、一緒に過ごしてくれればそれでよかったのだ。まさか由加里からプレゼントをもらう日が来るとは思わなかった。よく考えれば、いや、よく考えずとも、誕生日に会うとなればそうやって気を遣ってしまうのが普通だろう。困らせてしまっただろうか。それでもやはり、嬉しいものは嬉しい。
俺の仕事終わりの時間にあわせ、五反田のトラットリアで待ち合わせ、いつもと同じようにディナーをするつもりだった。いくら誕生日とはいえ、俺が店を予約しているから、バースデーケーキなんかを用意しているわけでもない。それでも目の前に由加里がいるだけで充分だった。それがまさか、こんなことになるなんて。
思えば女性との交際では、あれがほしいこれがほしいと、言ったり言われたりすることが多かった。誰かにそばにいてくれるだけで良いと思えるのがくすぐったい。
もしこの先、由加里と付き合うことになって、一緒に過ごす時間が増えたら、この気持ちも変わっていくのだろうか。それでも、今この瞬間の思いだけはきっと忘れないだろう。付き合っているわけでもないのに、俺の中で勝手に決意を新たにした。
「・・・大倉くん?ごめん、気に入らなかった?」
怪訝そうに、心配そうに尋ねる由加里の声に、はっと我に返った。
「ごめん、ちょっと・・・嬉しすぎてトリップしてた」
「ええ?と、トリップ?」
「いや、なんでもない。まじ、すっげー嬉しい」
紺色のネクタイの入った箱を掲げて、ありがとう、大事にすると、もう一度しっかり伝えた。
由加里は俺に微笑み返すと、もうひとつあるの、と、ごそごそと紙袋から小さな鉢植えを取り出した。・・・鉢植え?
「このお花も、プレゼント」
「うわ、ありがとう。なんて花?」
「ええと、カランコエ。可愛いお花でしょ」
受け取りながらまじまじと花を見つめる。星の形をしたピンクの小さな花が、一つの株にまるで寄り添うかのようにたくさんついている。
「花かー、あんまり花とかもらったことないな。卒業式くらいか」
「そうだよね、なかなかないよね・・・」
微妙な間のあと、やや迷うそぶりをみせた由加里は、この花、沙織が好きな花なの、と続けた。
「・・・沙織が?」
咄嗟にどう反応してよいかわからず、戸惑いが声にそのまま表れてしまった。
「ええと、本人が好きって言ってたわけじゃないんだけど。たぶん、そうだと思う」
「あ、そうなんだ・・・」
よくわからないけれど、どこまでこの話を突っ込んでいいかはもっとわからない。ただ、もしこの先も由加里とともに過ごそうとするのなら、沙織の話題を避け続けていくことはできないことだけは、確かだ。手元のカランコエに目をやる。小さくて愛らしい花の集合体であるそれは、沙織というより由加里によく似合うように感じた。
気まずい沈黙が流れた後、あのさ、と俺は切り出した。
「あんまり聞いたことなかったけど、沙織とは仲良かったの?」
「どうだろう。普通かな・・・普通の姉妹だと思う。でも、沙織のほうが花に詳しかったの。一度花をもらったことがある」
きっとそのことはずっと忘れない。そう言って由加里は、寂しそうにも幸せそうにもとれる表情で微笑んだ。