突然の姉の外出から早いもので三週間が経過し、この家は緩やかに、静かに、「平凡」を取り戻そうとしていた。
「今日はどこに行ったの?」
姉の部屋のなか、私はベッドに寝そべりながら、部屋着に着替える彼女に問いかけた。脱いだジャケットをハンガーにかけながら、彼女は振り返って何かの会社名を答えた。
「就職をあっせんしてくれるところ」だという。つまり会社の選考試験そのものではないけれど、求人情報を紹介と仲介してくれるエージェント企業のようなものがあって、そこに行ってきたということのようだ。
「そんなのあるんだ」
「そう。大倉くんに教わったの。やみくもに就職先探すより、そういうところに登録してみたらって」
「へえ」
姉の口から健太郎先輩の名前が出ると、私の心はいつも静かにざわついた。残念ながらそれは今でも同じのようだ。動揺を悟られないよう、極力興味のなさそうに聞こえるよう、ほとんど吐息のような「へえ」を放った。
「どこかいい会社ありそう?」
「うーん、どうだろう。何ができるとかないから、選んではいられないけど・・・まあ、なんとかなるよ」
だから安心して、と姉は私に笑顔を向けた。
次は既婚者の係長がいないところがいいね。そう軽口をたたきかけて、やめた。最近こそ一緒に過ごしているものの、そんな冗談を言えるほど、わたしたちの仲は親しくなかったからだ。
思い返せば私は姉の交友関係を全く把握していない。過去どんな男を好きだったかなんてもってのほかだ。だからこそ一年前の不倫騒動は私にとって衝撃でもあり、恰好のネタでもあった。健太郎先輩を呼び出して二人で食事に行くのにちょうど良いネタができた、とすら思っていた。
しかし姉の不倫を聞いた先輩の反応は、予想に反して同情的だった。「騙されたっつーか、狙われたんだろうな。あいつ、気が弱いから」と、気遣わしげともいえる声色だった。