「大倉くん、昔から花が好きだよね」
スペインバルで向かい合い、今まさに俺に花の名前を教えた由加里は、そういえば、という調子で俺にそう尋ねた。由加里はお酒を飲まないけれど、店の熱気にあてられたのか、頬がほんのり赤く染まっている。
「俺?別に、そうでもないけど」
「そう?高校生の時、よく聞いてきたよね。これ何の花?って」
それは花の名前を知りたかったわけではなく、ただ由加里と話す口実にしていただけだ。今ならそう答えてもいいのだろうか。そう思いながら、軽口に混ぜてもそう答えられなかったのは、照れくささからなのか、あの日の沙織を思い出したからなのか、自分でもよくわからない。
別れ際にあの女の子から受け取った名も知らぬ白い花は、捨てるわけにもいかず空のペットボトルにしばらく挿していたけれど、水を替えるほどマメでもない俺は、数日で枯らしてそのままゴミにしてしまった。花の名前も知らなければ、どの季節に咲くのかもわからない。もし似たような花を見かけても、きっと思い出すのはあの子ではなく、俺に呪いの知恵そのものを授けた沙織のことだろう。
あの花のように、どう取り扱ってよいかわからないものに出会ったとき、俺は向き合う努力をするタイプではない。面倒くさいから、まあいいか、で放っておいてしまうことも結構ある。ただそうすることで、二度と向き合うチャンスすらなくなることだってあることを、今の俺は知っている。
由加里のことは失ってはならないのだ。間違えないように慎重に、大事に、向き合わなければいけない。それだけは確かだった。