半年ぶりの再会に俺たちの話はとりとめもなく続いていき、店員がドリンクのラストオーダーをとりにきたころには、最近また由加里が家に花を飾り始めたという話になっていた。
「今はね、これ」
そういってうれしそうに彼女の差し出したスマホ画面には、雪のように白い花が映っていた。涙の形を絵にしたような紡錘の花びら。
「あ、なんか見たことある、この花」
「そう?」
スノードロップっていうんだよ、と、にこにこと嬉しそうに彼女は続ける。ああ、そういう名前なんだとうなずきながら、ふと、かつて沙織と交わした会話を思い返した。
大学二年の夏、俺は当時交際していた同じ学科の女子と破局した。大学入学後早々に交際を始めた子で、一年くらいは続いていたはずだ。由加里のように花が好きな奥ゆかしい女の子だった。由加里に似ているな、と思い好感を持ち、それでも当然ながら、由加里と同じではなかった。
別れたきっかけは正確には覚えていないが、俺がサークルの飲み会でほかの女の子と良い雰囲気になり、その流れで一線を越えたか越えていないか、のような話が始まりだったと思う。越えたか越えていないか、で言えば、確かに“越えた”。あの子にその事実は伝えなかったが、それでも察していただろう。一、二度口論になったあとはもう追及してくることもなく、静かに破局を迎えたのだった。
最後に会ったとき、あの子は俺に小さな花を渡した。これ、あげるね。今までありがとう。
同じ年の夏休みに、高校時代のバスケ部のメンバーでカラオケに行った。そこにまだ高校三年生だった沙織も来ていて、各々が披露する大学生活のエピソードに、愛想良く笑ったり驚いたりして反応していた。
バスケ部の後輩だった沙織。マネージャーとして一生懸命働き、見た目も華やかな沙織は、部員のなかでも人気が高くて、卒業後に俺たちの代が集まる場にもよく呼ばれていた。
俺がその破局のエピソードを披露すると、お前さいてーだなと爆笑まじりの野次が飛び、これだから女好きは、地獄に落ちろ、と仲間たちに笑いながらいじられた。沙織もその場ではきっと笑っていたはずだ。
休憩がてら個室を出てドリンクバーでウーロン茶を補給していると、横にすっと沙織が近寄ってきた。
「ねえ、先輩。さっきの話」
「うん?」
沙織は俺とふたりきりになると、いつもため口まじりで親しげな話ぶりをした。それがまるで自分だけに心を許しているかのようで、少しくすぐったかったのを覚えている。
「なんの花もらったの?」
「知らん。なんか、白いやつ」
「へえ」
「いや、ピンクだったかな・・・」
言いながら首をかしげる俺の横で、氷をたっぷり入れたグラスをドリンクバーの機体にさしこみながら、先輩知ってます?と沙織は続けた。
「別れる前に、男の人には花の名前をひとつ教えておくといいんですって」
「どういうこと?」
「毎年花が咲くときに思い出してもらえるでしょ。あ、あの子に教わった花だなーって」
「怖えな、呪いかよ。誰がそんなこと言ったの」
「川端康成」
でもその子は健太郎先輩に名前を教えそびれちゃったんだね。そう言うと沙織は、口元だけで薄く笑った。やや皮肉めいた笑い方だったけれど、その横顔はほかの部員たちが常日頃称賛していた通り、間違いなく美しかった。