明くる日、慎吾はいつものように畑へと向かおうと軽トラに乗り込んだ。すると、丁度隣では山部が玄関口から出てきた所で、この界隈では珍しい糊のきいた開襟シャツ姿であった。その服装から恐らく役場勤めだということが推測された。いつもなら、あまりそのようなことに頓着しない彼はこればかりは気に掛かったようで、話しかけてみることにした。
「山部さん、おはようございます。今日はお勤めですか?」
と、普段無口な彼にしては少しばかり大きな声を発した。
「はい、そうです。今日から役場の方で働かせて頂くこととなりました」
ふと、慎吾は車内の卓上カレンダーに目をやった。季節は晩夏、9月の半ばである。
(こんな時期に転勤か...)
少しばかり疑問を感じたが、その次の瞬間にはその疑問はかき消されていた。
「お勤めご苦労様です」
「これはどうもどうも、ところで高城さんも今からお仕事で?」
「ええ、そうです。農業に従事しておりまして、この時期は畑を耕すのに一苦労で...」
「それはそれは、お体にお気をつけて」
「ええ、程々に頑張ります。では、失礼」
「はい、失礼します」
以外にも彼には都会人に見られる高慢さというものが露程も見受けられない。
(なんだ...善人じゃないか、、、)
その日も昨日と変わりなく、陽が暮れるまで働き、自宅への帰途についた。
その夜、家族と食を共にしていた。今日は久しぶりに唐揚げが食卓に並んだ。
「そういえば、最近奇妙なことが起きてるのよ」
妻が井戸端会議で拵えてきたらしい知識を、噂話を語る態で口火を切った。
「どんなの?」
「それがね、町の家畜が夜が明けると姿を消してるらしいのよ」
「いつから?」
「う~ん、半年くらい前かららしいけど...」
「半年前かあ...」
彼は過去の記憶を遡った。
(そういえば、三年前にはあの事件があったなあ...)
あの事件とは、この土地で起こった、動物連続虐殺事件である。
(容疑者は坂本さんとこの弘くんだったか...確か証拠不十分で不起訴になったっけ...)
当時高校三年生だった慎吾の隣人坂本弘は、この事件の後行方を眩ましていた。
(でも、三年前のことだからあまり関連性はないだろう)
考えるのはそれっきりにし、残っていたご飯を掻き込んだ。そして、いつものように寝床につき、うとうととしながら、乱歩を読み耽っていた。すると、その静謐とした空間にまた、昨日のように正体不明の生き物の鳴き声が木霊してきた。
(一体何なんだ!)
癇癪を起こした彼は蒲団を頭の上まで被せて、そのまま眠りに落ちた。しかし、彼の頭上には未だにその音声は猛猛しく響き渡っていた。