「えーと……あなたが南海紅葉《みなみ くれは》さんね。ここに署名を。
 ようこそ白雪《しらゆき》寮へ」


 入試の結果はトップ入学。
 勉強は得意なんだよ、アタシ。

 実技はさて置き、主要教科なんて教科書の中身を覚えるだけ。当然楽勝。
 …………とはいえ、まぁ、ね、トップを取れないレベルの高校はそもそも受験してないってオチなんだけど。アタシ、プライド高いのかなぁ?

 学費も制服代もお高い海棠《かいどう》学園高等学校。共学のマンモス校で、近隣では私立の雄だ。
 そんな学校で、首席のアタシは奨学金が貰えることが決定している。各分野で活躍する生徒の育成に力を入れている学校だから、奨学生への支援はかなり手厚いらしい。

 結果として、今のアタシにはメチャクチャありがたい。頑張って三年間首席キープするぞ!

 ーーーーだから寮にも優先的に入れるはずよ!

 いくら奨学生が優遇されているとはいえ……入学ギリギリの時期にそうごねるママに、アタシは頭を抱えた。
 結局、事情を理解した学校側が折れてくれて……それもまた、ホントに心底ありがたい。変に名前が売れちゃってる可能性はあるけど、大丈夫、一家離散に比べれば怖くない。
 うん、アタシ、ここ受験して良かったよ、ホント。


「管理員の笹川《ささがわ》です。よろしくね?」


「……よろしくお願いします…………」


 でも、空き部屋なんて、あるんだろうか。ママがごねた時点で、もう入寮申し込み期間なんてとっくに過ぎていたはずだ。
 自宅から公共交通機関で50分、の予定だったからね……。

 白雪寮は学校の敷地内にある小さなマンションという風情の女子寮だった。

 近いし安いしキレイだし。

 有名な学園だけあって、学生は全国津々浦々。入寮希望者は多いらしい。


「お部屋はね、急なことだったし…………部屋割りはもう決まっていたから……」


 二人一部屋が基本だという寮の中は、エントランスで靴をスリッパに履き替える以外は、マンションというよりホテルに似ていた。
 広いラウンジは食堂も兼ねているのだと教えられ……ご飯を食べるのがソファーって……ここのヒト達、何様? ……カフェか? ここはお嬢様御達のオシャレカフェなのか……? え、何ソレ、貧乏人バカにしてんの?

 胸にモヤモヤを溜めながら、エレベーターで三階に昇る。
 と、案内してくれている優しそうな笹川先生が、少し困ったような顔になった。初老のふくよかな体をようようという感じで動かして、奥まった場所にある一つのドアを指差す。

 なんか、他のドアより立派なような……?

 清潔で明るい、充分ステキな施設の中で、ちょっと異彩を放つ真っ赤なドア。手前に並ぶドアはみんな茶色い。


「同室になる方が快く承諾してくださったのよ」


 言葉のわりに、声が暗く感じるのはなぜだろう。曰く付き?

 実質ずっと一人部屋だったらしい、角部屋の301号室。真っ赤なドアには、よく見れば繊細な細工が施されている。
 しかも、他の部屋のドア横についている名札が、そこにはない。名札なんてつけなくても、みんなが住人の名前を知っているのかもしれない。

 え、なんか、怖いんだけど。
 真っ赤って……血の赤? じゃないよね……? ゴージャスな彫刻がなんだかいっそうおどろおどろしく見えるのは……気のせいだよね…………?


「え、先生……このお部屋って…………?」


 ずっと特別枠になってた理由は……ササガワ先生は意地でも言わない。

 アヤシイ。
 もう、絶対何かある!

 アタシだってまぁ、言いようによっては訳ありだ。文句言える立場じゃないけど……一応確認。共同生活に親の破産は関係ないよね? そこまで悪感情持たれること、まだしてないよね?

 …………あ、強引に入寮をねじ込んだあたり、関係あるかな……。ママ! これでアタシが不幸になったら恨むからね!?

 コン、コン。


「いらっしゃるはずよ」


 笹川先生は、アタシの目の前ですごく丁寧にノックした。
 いらっしゃる、って……なんで敬語? 粗雑に扱うと祟られるの……?

 うわぁ……やだなぁ。


「はぁい」


 待つこと五秒。 

 ふんわりとした声と共に、ゆっくりドアが外に開いた。

 さて。
 鬼が出るか、悪魔が出るか。はたまた……


「先生、お待ちしておりました。
 ……まぁ、あたなが紅葉《くれは》ちゃん? 愛莉《あいり》です。よろしくね?」


 予想とアタシの覚悟に反して、ドアの隙間から現れたのは、すらりと背の高い、きれいな女の子だった。

 ゴスロリっぽいワンピースと、ふわふわの巻き髪が違和感なく、よく似合う。フランス人形系の可愛いヒトだ。……ちょっと大きいけど。

 良かった……「動く怪奇ビスクドール!」っぽく見えなくもないものの、間違いなくれっきとした人間……だよね?

 お姫様なお姉様は、「嬉しいわぁ」と満開の牡丹のような笑顔を惜しげもなくアタシに向けた。

 すごい、眩しい。これか、「○○カラットの微笑み」って。宝石並みの笑顔って、実在するんだね、マジでヤバい!

 ………………でも、ちょっと。
 このヒト、もしかして、別に問題ナイんじゃない?

 何なの? 眩しいくらい我慢できるよ?