挨拶代わりに「大好き」と言う彼女は、三年生の堤彩女(つつみ あやめ)。クラスは知らない。
俺は彼女の担任になった事もないし、化学の授業は二年生の時しかないからだ。
ショートカットのよく似合う、明るく元気な子で、本人曰く、彼女は写真魔だ。
とにかくなんでも写真に撮りたがる。
一度強制的に見せられたが、友達のペンケースの模様とか、ペットボトルのフタとか「かわいいでしょう」と訊かれても、返答に困るようなものが、彼女のスマートフォンのデータフォルダには大量に保存されている。
堤を個体認識したのは、彼女が二年生の時だ。
俺の授業中、突然シャッター音が鳴り響いた。
授業中にスマートフォンを使ってはいけない規則になっている。だが退屈な化学の授業中に、メールの電波が飛び交っている事くらいは想像がつく。
それは黙認するとしても、さすがに音が聞こえては看過できない。
「今、写真撮った人、起立」
授業を中断して声をかけたが、当然のごとく誰も立たない。
クラス中がクスクス笑いに包まれ、チラチラと送られる視線を辿れば、容易に犯人の目星は付いた。
俺は席表で名前を確認し、教卓に両手をついて堤を見据える。
「授業中にスマホ使ったらいけない事になってるだろう。誰だか分からないから、全員のスマホ没収」
一斉に沸き起こるブーイングの中、堤が席を立った。俺の視線にバレている事を悟ったのだろう。
「先生、あたしです」
ブーイングが止み、クラス中が堤に注目する中、俺は彼女に歩み寄った。