「おはよう」
二階からリビングに降りると、僕は元気よくあいさつをした。
六年前の自分と比較しても、その声のトーンは全然違う。
「おはよう、未来。今日は結婚式なんだから、早く支度してね」
六年前と変わらないのは朝は、いつもバタバタと忙しい光景が広がっている。けれど、今はそんな日常すらも大切に思える。
僕はテーブルの上に用意されていた、朝食を食べ始めた。
温かいみそ汁に、真っ白なご飯。おわんから温かいみそ汁の湯気が、ゆらゆらと立ち込めている。
僕は、ゆっくりとみそ汁をすすった。母親のみそ汁が、僕の口の中に広がる。
今までなにも感じなかったが、社会人となった今の僕は、母親の作る一品一品の料理がとてもおいしく感じる。
僕はテレビのリモコンを手に取って、電源ボタンを押した。すぐさま機械が反応し、テレビ画面が映る。
「おはようございます。朝から、悲しいニュースをお伝え………」
僕は、瞬時にテレビの電源ボタンを押して画面を消した。
六年前までは人の不幸を聞くのが好きだったが、美希さんが亡くなってから、他人の不幸は好きじゃなくなった。
朝食を食べ終えてスーツに着替えていると、出窓に置いてあった白いうさぎのぬいぐるみと、ピンクのクマのぬいぐるみが僕の瞳に映った。
「美希さん………」
僕はピンクのクマのぬいぐるみと白いうさぎのぬいぐるみを手に取ってデートした日、彼女が僕に言った言葉を思い出した。
*
「美希さん、僕は君のことが……」
「忘れていましたね。いい夢、見れるおまじない。でもこれで、今日はいい夢が見られるよ。だって、とっておきの私のおまじないをしたんだから。それとね、もしも裕ちゃんより先に未来さんと出会っていたら、私たち幸せになれていたのかな………?」
「えっ!」
潤んだ瞳で僕を見つめる、美希さん。そのときの美希さんはぐっと僕に寄り添っていて、白い頬を赤くしていたのを覚えている。
「未来さんと、もっと早くに会いたかった。もっと早くに会って、未来さんのことを好きになりたかった」
涙を浮かべたあのときの彼女の思い出に浸ると、自然と泣きたくなった。
ーーーーーー僕も、もっと早く美希さんに会いたかった。僕も、美希さんのことが好きだった。大好きだった。
*
「未来、早く準備しなさい」
なつかしく彼女の思い出に浸っていると、母親の声が聞こえた。
「わかった」
僕は白いうさぎのぬいぐるみとピンクのクマのぬいぐるみを置いて、スーツに着替えた。
「つい最近まで学生だったのに、未来がもう結婚だなんて……」
スーツ姿の僕を見て六年前を思い出したのか、母親がしみじみと言った。
「僕も、もう二十二歳だからな」
歳を重ねるとともに、自分の心も大きく成長した。
六年前は母親の話なんか耳も貸さなかったが、今はたわいのない会話もする。
「行ってらっしゃい」
「ああ、行ってくる」
母親に元気よく返事をした後、僕は外に出て走って結婚式に向かった。
ーーー『END』
読んで下さったみなさま、ありがとうございます。
初の長編小説ということで緊張と不安に支配されながらも、なんとか完成させることができました。
この、『二人だけの秘密』は、とても思入れのある作品です。
僕の人生経験を元に、書いた作品となっています。
しかし、高校生が年齢をごまかして夜の仕事をすることは現実の世界では絶対にありえないので、そこはフィクションにしました。
好きな人と一緒になりたい。でも、一緒になれない。でも、会えるだけで幸せ。会うと、もっと好きになる。
そんな、複雑な切ない恋愛小説になっていると思います。
最後にもう一度、読んで下さったみなさまにお礼を申し上げます。
ありがとうございました。
ーーーコタツミカン。
ーーあらすじーーー
新しく高校生活をスタートさせる、高校一年生の栗原未来。
入学式当日、未来は自分のクラスメイトの佐伯美希という女子生徒に出会って、ひとめぼれをする。
しかし、自分には秘密があり、彼女に自分の想いを伝えることはできなかった。
そんなとき、両親にうんざりしていた未来は家を出て、京都の夜の街へと行く。そこで佐伯美希に出会い、未来は彼女にも秘密があることを知った。
未来は美希の秘密を知り、誰にも言わないことを約束する。
そして彼女となかよくなっていく中、未来は美希が死ぬ夢を見てしまう。何度も見てしまう夢に、未来はそれがこの先、彼女の身に起きる現実ではないかと、心配するようになる。
どこか不安が拭えないまま、未来は美希の秘密を守り続ける。
そんなある日、未来の目に思いもよらない文字が飛び込んでくる。
それは、二人しか知らないはずの、佐伯美希の秘密がインターネットの匿名掲示板サイトに書かれていた。