「千春、次の仕事もがんばってね」

「ありがとう、俊。いろいろお世話になったね。でも,もう〝千春〟という人はいないよ」

私は、冷静な声でそう言った。

「そ、そうだね」

私の言葉を聞いた俊は、ぎこちない笑みを浮かべた。

「じゃあ私、もう行くね」

握っている手を離して、私は彼に背を向けてゆっくり歩き出した。

「まって、梢」

ーーーーーードクッ。

背後から彼が私の本名を呼んで、心臓がドクンと跳ねた。

いつぶりだろう、私が男性から下の名前で呼ばれるなんて。

「なに、俊?」

俊に本名を呼ばれて、私は後ろを振り向いた。

「梢さんという方は、いますか?」

俊は、顔を赤くして恥ずかそうに訊いた。

「いるよ」

私は、短く答えた。

「梢さんは、好きな人いるんですか?」

「いたよ、少し前にね」






【完】