電車組がそろそろ終電気にして帰り始める頃、日万凛がそっと席を立った。
 カウンターにきたが俺たちが座って居る場所とは反対の位置。
 日万凛から見て手前側は雅紀だったのでぱっと見たとき、気がつかれなかった。
 マスターと榊にお礼を言ってトイレに向かう日万凛を見て俺はいても立ってもいられなくなった。マスターや榊は気が付いただろうが雅紀に気がつかれないように然りげ無く席を立ち、電話するふりしてトイレの通路へ向かった。

 トイレから出てきた日万凛は足元が覚束ない。そんな自覚あるんだろう。足元を見て転ばないように慎重に歩みを進めている。
 どうやって話しかけよう、と悩んでる俺の足に偶然躓き日万凛と思いのほか急接近することになった。申し訳なさそうに俺に謝罪して、そっと視線を俺の元へ向けた日万凛の目を俺は忘れる事ができない。

 暫く見つめ合う状態になった俺と日万凛。
 やっと会えた日万凛に思わず「会いたかった」とつぶやいてしまい、日万凛は混乱しているようだ。「あ、蒼生?」と俺を呼ぶ日万凛の声はとても動揺している。
 咄嗟に「久しぶりだな、元気か?」と話しかけてみたがもっとスムーズに話せないのかと自分を殴りたい気分になる。
 元気か否かも知りたいけれど、それだけではなく今迄の事を知りたいし、知ってもらいたい。
 だが、自分でも自覚ある相当拗らせている自分の初恋。
 緊張で言葉は上手く紡ぐ事も出来ず再会した友人に話しかける第一声のテンプレしか出てこない。
 日万凛も日万凛で相変わらず戸惑った顔をしている。そして「と、友達が待ってるから」と俺の腕の中から出ていった。