1度きりを、キミに

間野さんの声は力強かった。


本心からそう思って行動してきたのだろう。


「そっか……」


そこまで言うのなら、もう僕が口を挟む余地はなかった。


間野さんは自分の余命を知ってもまだ、能力を使うことをやめていないのだから、覚悟はできているのだろう。


僕のエゴでこれ以上間野さんのやりたいことを否定することもできない。


「悲しい?」


間野さんがいたずらっ子みたいな顔をしてそう聞いてくるので、僕は頷いた。


ここはなにか冗談でも言うべきだったかもしれないが、悲しいという言葉がやけに胸に響いて出てこなかった。


「そんな顔しないで、親友なら笑ってて」


間野さんの手が僕の頬に触れた。


胸の痛みがスッと引いて行く感覚があって、僕は目を見開いた。


「間野さんの能力って……」


「すごいでしょ? 少しだけど胸の痛みにも効果があるみたい」


そう言ってハニカム笑顔に汗の玉が浮かんだ。
「なに、してんだよ!」


思わず怒鳴り声を上げてナースコールを押していた。


余命宣告されたからも繰り返し使われていた能力。


間野さんの余命がどのくらい減っているか、今の僕にはわからない。


「大げさだなぁ……このくらい大丈夫だよ」


そう答える間野さんの声はか弱く、かすれている。


嘘だろ。


冗談だよな?


焦りと恐怖で指先が震えた。


「利穂~。お見舞いに来たよ!」


元気な声と共に病室へ入って来たのは若菜だった。


果物の入った籠を抱えた若菜の隣を看護師がすり抜けてかけつけた。


「え……?」


入口で棒立ちになる若菜。


「なに? どういうこと?」


「今、ちょっと良くなくて……」
説明のしようがなくて、僕はそう言って口をつぐんだ。


「大変! 心拍数が弱くなってる!」


間野さんの脈拍を計っていた看護師がそう言い、慌てて担当医に連絡を入れている。


さっきまで会話をしていたはずの間野さんは、いまはキツク目を閉じていた。


「ちょっと待ってよ……。利穂? 利穂、聞こえる?」


足元に果物籠を落としてベッドへ駆け寄る若菜。


だけど、その声にも反応しない。


「君たちどけて!」


駆けつけた担当医に怒鳴られて、僕と若菜は病室の外へと追い出されてしまった。


しかし、何人かの看護師か慌ただしく間野さんの病室を出入りして、身内の方に連絡をという単語を聞きとった。


これが現実だなんて信じられなかった。


これが間野さんが望んだ最期だなんて、そんなこと……。


「なんで、僕なんだよ」


思わずそう呟いた。
間野さんは最後の力を振り絞って僕の痛みを取ったんだ。


でも、どうしてそんなことをする必要があった?


僕と間野さんはほとんど会話をしたことがなくて、付き合いも短くて……。


その瞬間、僕は思い出していた。


『親友だから』


『それでも、僕は間野さんを親友だと思ってる。そう感じることに時間や接点なんて関係ない』


「親友だから……?」


あの言葉が原因だとすれば、僕はどこまでもバカな男だ。


間野さんは親友を欲しがっていて、それなら僕が親友になろうと思った。


たかが、それだけのことで間野さんは……!


「和利、大丈夫?」


「ごめん若菜。僕、行かなきゃ……!」
あれは今から10年前のことだった。


僕は6歳で、小学校に行きはじめたばかりだった。


黄色いカバーをしたランドセルを背負い、黄色い傘を差して雨の中を家に向かって歩いていた。


信号機へ差し掛かるといつも声をかけてくれる見回りのおじさんがいるのだけれど、この日は誰もいなかった。


毎日いるわけじゃないらしいと、その頃の僕はもう知っていた。


大人の人がついていなくても僕は横断歩道の渡り方を知っていて、自信をもって赤信号で立ちどまった。


行きかう車を見送り、青になって渡りだす。


ほら、できた!


誰かに、できれば母さんに見せて褒めてもらいたいくらいの気持ちで歩いていた。


その時だったんだ。


突然飛び出してきた白い乗用車が僕の体にぶつかっていた。


痛みとか恐怖を感じる暇なく投げ飛ばされ、6歳の小さな体は空中を舞った。


空の青と雲の白。


そして、驚愕する通学班のお兄さん、お姉さんの顔。
僕の体は一瞬でコンクリートに叩きつけられていた。


不思議と痛みは感じなくて、ただ眠くて仕方がなかったのを今でも覚えている。


聞こえて来る悲鳴や怒号。


慌ただしく行きかう人々の顔。


それらが通り過ぎて行った瞬間、僕は1人暗闇に立っていた。


寒くもなく熱くもない。


なにも感じない空間に僕1人がいるのに、心細ささえ感じなかった。


まるですべてが無に帰ったような、そんな感覚だった。


そんな時、まるでスポットライトを浴びたように1人の男が僕の前に現れた。


黒マントを羽織った男は見上げるほど大きくて、僕の知っている誰の顔とも一致しなかった。


この人は誰だろう?


そんな疑問に答えるように男は言った。


「俺はこの世界の番人だ。お前みたいに早くに死んだ人間にチャンスを与えてやるのが俺の役目」


正直、僕にはなにを言っているのかよくわからなかった。
ただその容姿が漫画で見た死神にそっくりだったから、「死神ですか?」と、聞いていたんだ。


僕の質問に黒マントの男は盛大な笑い声を上げた。


僕にはなにがおかしいのかわからなかったから、少しの恐怖心を感じていた。


「俺を見て帰って行った人間がそういう呼び方をしているのは知ってる。お前の知っている死神だろうが天使だろうが、どうでもいい。俺はチャンスを与えるためにここにいるだけだ」


男はそう言ったけれど、僕には到底天使には見えなかった。


「お前、生き返りたいか?」


その質問の意味を僕はしばらく考えた。


生き返りたいか?


そんな質問をするのは、死んだ人間に対してだけじゃないか?


「僕は死んでない」


ちゃんとここに立って、呼吸をし、会話をしている。


「そうか。じゃあ、これを見せてやろう」


男はそう言うと、何もない空間に手をかざした。


するとそこだけ窓のように開けて、光が差し込んだのだ。
一瞬眩しさに目を細め、頭痛すら感じた。


「見えるか? これが今のお前だ」


そう言われて無理矢理目を開けて見て見ると、窓の向こうに交差点が見えた。


いつもの帰り道だ。


交差点には救急車や警察の車が停まっていて、沢山の人たちが行き来している。


「僕だ」


タンカに乗せられる自分を見つけて、僕はそう言った。


顔も体も傷だらけで、目を開けていない。


「そう。そしてお前はもうすぐ死ぬ」


「でも、まだ死んでない」


「そうだ。お前にはまだチャンスがある。どうだ? 生きたいか?」


その質問に僕は大きく頷いた。


もちろんだ。


目が覚めたらとめも痛そうだけれど、まだゲームをクリアしていないし、今日のオヤツも食べていないし、土曜日には惠太君と公園へ行く約束をしている。
僕は忙しいんだ。
「生き返る代わりに、お前に1つ能力を授ける。それをどうやって使うかはお前次第だ」


「能力?」


漫画で見たことがある特殊能力かな?


強くなって悪者を倒せるようになるのかな?


「でも、その能力はたった1度しか使えない」


「1度だけ?」


「そう、1度だけ。だからしっかり、よく考えて使うんだ」


なんだ、1度だけなら悪者退治はできそうにないな。


「お前にやる能力は……」

1度きりを、キミに

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