話しにくいことになるとうつむいてしまうのが癖みたいだ。
「言ったでしょ? 私の命はとっくの前に消えてるはずだった。だから能力を使って1人でも多くの人を助けたい」
「回りくどい説明はいらないよ」
そう言い切ると、間野さんは黒目をグルッと一周させて僕を見た。
「あの力を使うと間野さんの命は削られる。余計1か月っていうのはつまり……能力を使いすぎているせいだ」
全部僕の憶測だったが、僕はそう言って間野さんを見つめた。
「能力を使いすぎているかどうかは私が決めるよ。だってこれは、私が好きでやってることなんだから」
その回答に驚いて目を見開いた。
1度助かった命にすがりつきたいと思わないのだろうか。
「能力を使えと脅されたわけじゃないんだろ? それなら、死ぬまでその能力を使わないでいてもいいはずだ」
「そうだけど、それじゃなんのための力かわからない」
そう言う間野さんの腕はとても細くて、血管が透けて見えている。
「余命一か月になってもまだ続けなきゃいけないことだとは思えない」
言いながら鼓動が早くなっていくのを感じる。
もしも間野さんの病気が能力の使い過ぎによるものなら、今すぐにでもやめさせないといけない。
このまま続けていればきっと、後一か月ももたないだろう。
「これは私の人生だよ。私が決めたの」
間野さんの声が少し荒くなり、表情が険しくなった。
自分の考えを否定されたくないのは、僕も同じだ。
「どうして自分の命を削ろうとするんだよ」
「私は死ぬはずだった。何度も言わせないでよ」
「それでも今生きてるのになんで……!」
そこまで言って、僕は頭を抱えた。
これじゃ堂々巡りで同じ質問を繰り返しているだけになる。
どう言えば間野さんに伝わるのかわからなくて、僕は頭をかきむしった。
「大富君は、どうしてそんなに私のことを気にかけてくれるの?」
「そんなの……!」
クラスメートだから?
美少女だから?
余命一か月だから?
どれも違う気がした。
なにより、僕が間野さんとまともに会話をし始めたのは昨日からだ。
それでも僕は間野さんに死んでほしくないと思っている。
生きていてほしくてたまらない。
好き。
そんな感情が胸の奥から押しあがってきたが、僕はそれを押し戻した。
今ここでそんなことを言っても間野さんを困らせるだけだとわかっていたから。
「親友だから」
僕がそう言うと、間野さんは目を見開いて僕を見つめた。
信じられないといった感情がその表情にあふれ出している。
「親友だからだよ」
僕は繰り返しそう言った。
「私と大富君って、そんなに接点ないよね?」
間野さんの冷静な言葉が胸に突き刺さる。
でも、ここで引くわけにはいかなかった。
「それでも、僕は間野さんを親友だと思ってる。そう感じることに時間や接点なんて関係ない」
自分でも無茶なことを言っているのはわかっている。
でも、そう言わずにはいられなかった。
間野さんに少しでも自分の生きるための道を選んで欲しかった。
「ごめん。もう面会時間が終るから」
間野さんはそう言い、頭までシーツを押し上げたのだった。
翌日、僕はA組の自分の机に突っ伏していた。
さっきから寺井先生が英単語を連発しているが、そのどれもが僕にとっては重要ではなかった。
「大富君、どうしたの? 今日はいつも以上に力のない顔をしてるわね」
あまりに僕のやる気がないせいか、寺井先生はチョークを持つ手を止めてそう聞いて来た。
「いえ、大丈夫です……」
そう返事をしてのっそりと体を起こした。
昨晩ずっと間野さんについて考えていたから、今日はひどい寝不足状態だった。
授業を受けたって頭に入るわけがなかった。
「ちょっと頭を冷やしてきたらどう? その席は眠くなるんでしょう?」
寺井先生は単純に僕が眠くなっているように見えたらしい。
でも好都合だった。
僕は素直に席を立ち「顔を洗ってきます」と言って教室を出た。
どうせ英語の授業はあと5分くらいで終わる。
トイレには向かわず中庭へ向かうために階段を下りはじめた時、「和利!」と、後ろから声をかけられた。
振り向くと若菜が追いかけて来るのが見えた。
「なんだよ、教室を抜け出したのか?」
「なによ、和利のくせに私に説教する気?」
そう言いながら若菜と一緒に歩き出した。
「ねぇ、利穂となにかあった?」
不意にそう聞かれたので僕はむせてしまった。
何度か咳き込んで、若菜を見る。
「やっぱり、なにかあったんだね」
「……僕ってそんなにわかりやすいかな」
「そうだね。マジックで顔に書いてある程度にはわかるかな」
若菜は大真面目にそんなことを言う。
僕は無意識のうちに自分の頬を触っていた。
「もしかしてなんだけどさ、利穂から私の言ってたこと聞いた?」
立ちどまらずに、若菜は聞く。
「えっと……」
そういえばなにか言って来た気がする。
けれど間野さんの能力の衝撃が大きすぎて忘れてしまった。
「なにか聞いた。でもなんだっけな」
確か、親友がどうとかって話をしていたときだっけ。
そう考えていると、不意に若菜が立ち止まった。
驚いて僕も同時に立ち止まる。
「あのね和利」
やけに真剣な口調で、頬を赤く染めて僕を見ている。
どうしてそんなに赤い顔をしているのかわからないのに、僕の鼓動は早鐘を打ち始めていた。
「私、和利のことが好き」
若菜の言葉と、授業終了のチャイムが重なった。
「え……? ごめん、うまく聞こえなかった」
眉をよせてそう言うと、若菜は我に返ったように目を見開いた。
顔は耳まで真っ赤に染まっている。
もう1度何かを言いかけて口を開くが、休憩時間に入り、廊下や階段が一気に騒がしくなった。
途端に若菜は僕に背中を向けた。
「なんでもない!」
そう言い、階段をかけあがって行ったのだった。
☆☆☆
「また来たんだ」
細い腕に点滴の管を通した間野さんが僕を見て憎まれ口を叩いた。
「うん。親友だからね」
僕はそう答えて丸椅子に座った。
間野さんは2日前よりもまた細くなったように見える。
「自分の考えを変える気はない?」
僕の質問に間野さんはほほ笑みを浮かべて静かに頷いた。
「例えば僕に同じ能力があったとしても、僕は自分が死ぬのが怖くて使うことができないと思う」
最初はわからずに能力を使うだろう。
だけどその時に知るのだ。
自分の命を削って使う能力なのだと。
人を助ければ感謝されるが、それだけで使う事ができる能力ではない。
でも……間野さんは違うんだ。
「私は生きている間に1人でも多くの子供たちを笑顔にしてあげたい。せっかくもらった能力なんだから無駄にはしたくない」
間野さんの声は力強かった。
本心からそう思って行動してきたのだろう。
「そっか……」
そこまで言うのなら、もう僕が口を挟む余地はなかった。
間野さんは自分の余命を知ってもまだ、能力を使うことをやめていないのだから、覚悟はできているのだろう。
僕のエゴでこれ以上間野さんのやりたいことを否定することもできない。
「悲しい?」
間野さんがいたずらっ子みたいな顔をしてそう聞いてくるので、僕は頷いた。
ここはなにか冗談でも言うべきだったかもしれないが、悲しいという言葉がやけに胸に響いて出てこなかった。
「そんな顔しないで、親友なら笑ってて」
間野さんの手が僕の頬に触れた。
胸の痛みがスッと引いて行く感覚があって、僕は目を見開いた。
「間野さんの能力って……」
「すごいでしょ? 少しだけど胸の痛みにも効果があるみたい」
そう言ってハニカム笑顔に汗の玉が浮かんだ。