1度きりを、キミに

「黒マントの男は私に言ったの。『命を救ってやる。その代わり、この能力をお前に授ける。どう使うかは自分で判断しろ』って」


「能力って?」


「さっき見たでしょ?」


間野さんはそう言って僕へ向けて手のひらをかざして見せた。


触れていないのに、間野さんの手から微かな温もりが流れてきているような気がして後ずさりをした。


「あの時から、人の病気や怪我を治すことができるようになったの」


大真面目な顔でそう言う間野さんに、僕はその場で左右に首を振った。


嘘だ。


そんなことあり得ない。


そう思い、口元がゆるんで笑顔になった。


それを見た間野さんは一瞬切なそうな表情を浮かべたが、次の瞬間には笑顔になっていた。


「なぁんてね。そんなわけないじゃん。晃平君には肌色の絆創膏を貼ってあげたの。まるで傷が消えたように見えたでしょ?」


何かを隠すように早口でそういう間野さん。
「そうだよな。なんだ、ビックリした。もしかしていつもああやって人を驚かせてる?」


「うん、そうだよ」


「だよなぁ。病気や怪我を治す能力があるなら、自分の病気だって治せるはずだもんな」


そう言うと、間野さんが眉をゆがめて俯いた。


「ご、ごめん。つい……」


間野さんがあまりに突飛な話をするものだから、口が滑ってしまった。


「いいの。でもね……」


顔を上げた間野さんは荒い呼吸をしている。


また熱が上がって来たのかもしれない。


「この能力は自分には使えないの」


「え……」


なんだよそれ。


やけにリアルな設定だなぁ。


そう言って笑いたかったのに、僕の言葉は喉に張り付いて出てこなかった。


「……ごめん、今日はもう帰って」


なにも言わない僕を見て、間野さんは短くそう言ったのだった。
家に戻った僕はどっと疲れが押し寄せて来た。


間野さんがなにを言い出すかと思えば、あんなわけのわからないことを言うなんて。


どうにか普通に会話ができる程度の僕に、あの話題はレベルが高すぎだ。


どう返事をすれば正解なのかもわからないし、笑えばいいのか怒ればいいのかもわからない。


ただ1つ言えるのは、今回のお見舞いは失敗だったのだろうということだけだった。


「あ~あ……なにやってんだよ」


最初の心配も無駄に終わって、妙な雰囲気になって――おそらく間野さんを怒らせるか、失望させるかして――謝ることもできないまま病室を出てきてしまった。


一連の出来事を思い出すと無気力感に襲われてベッドに横になった。


「だって、仕方ないじゃないか。僕にどうしろって言うんだよ」


誰かに言い訳をするように、ブツブツと独り言を繰り返す。


目を閉じてみても、寝返りを打ってみても、間野さんのことばかりを思い出してしまう。


これじゃ僕が間野さんのことを好きで、常に気にかけているみたいじゃないか。
強く頭を振って無理矢理自分の思考回路をリセットすると、勢いよく立ち上がった。


「宿題でもするか」


気を取り直して机に向かったとき、無意識に腕に手を伸ばしてカサブタをひっかこうとしてしまった。


また血が出るのにと思った時、指先につるりとした肌が触れて違和感を覚えた。


「え……?」


確認してみると、昨日ひっかいて血が出た部分が綺麗に治っているのがわかった。


逆側の腕だったか?


そちらも確認してみるが、傷もカサブタもない。


昨日ひっかいて剝がれたカサブタが、今日なくなるワケがない。


僕の両腕は元々傷なんてなかったかのように綺麗な状態なのだ。


何度も自分の腕を確認し、晃平君の傷が消えて行く瞬間を再び思い出す。


まさか、間野さんの言っていたことは本当だった……?


だとすれば『この能力は自分には使えないの』という、あの言葉も本物?


僕は間野さんの手から感じた微かな温もりを思い出し部屋から駆け出したのだった。
☆☆☆

もし間野さんの言っていることが本当だったら、僕は最低なことをしてしまったことになる。


笑ったり怒ったりするのではなくて、間野さんは単純に受け入れて欲しかったのだろう。


それを僕は……。


息を切らして立ち止まったとき、周囲はオレンジ色に染まりはじめていた。


額に流れる汗をぬぐい、今日2度目の院内へと足を踏み入れた。


幸いにも面会時間が終るまであと30分ある。


少しは間野さんと話ができるはずだった。


エスカーレーターを待つのももどかしくて、僕は一段飛ばしで階段を駆け上った。


ナースステーションにいる看護師は引き継ぎ時間なのかいつもと顔ぶれが変わっていて、軽く会釈をして通り抜けた。


203号室の前でようやく足を止めて、大きく息を吸い込んだ。


こんなに汗まみれた僕となんて会いたくないかもしれない。


昼間のことで怒っているかもしれない。


でも、話さないといけないことがある。


呼吸が整ってきた僕は病室のドアを2度、ノックした。


「はい」


間野さんの声に心臓が跳ねる。


いちいち緊張してしまう自分を叱咤して、ドアを開けた。
病室の中はいつもと違う雰囲気だった。


微かに差し込んでいる西日は弱弱しく間野んの姿を浮かび上がらせていて、その光景はどこか切なかった。


「大富君!?」


僕の心情とは裏腹に間野さんの元気な声。


僕はその声に導かれるようにして病室へと足を進めた。


間野さんはベッドに座り、プリントをしていたようだ。


「体調はいいの?」


「うん。いつもあんな感じなの。一気に熱が出て一気に下がる。心配かけてごめんね?」


「いや……」


僕は左右に首をふってそう答え、そして腕まくりをして間野さんに見せた。


「なに?」


間野さんは首をかしげて僕を見る。


「僕、ここにカサブタがあったんだ。昨日ひっかいて、血が出た」


そう言うと間野さんはプリントに視線を落とした。


やっぱり、昼間の出来事を気にしているようだ。


「それが、今日家に帰って確認してみると綺麗に消えててヒックリしたよ。まさか肌色の絆創膏じゃないよな?」
おどけた調子でそう言うと間野さんが上目遣いで睨んで来た。


「ごめん。間野さんの言うことを信じてなかった」


今度は真剣に、心を込めてそう言った。


「普通は誰も信じないから」


間野さんはそう言って微かな笑みを浮かべた。


「どうして、僕にはその力のことを言ったの?」


「どうしてだろう? 大富君はなんていうか……友達が少なそうだから。言う相手がいないと思って」


そう言って声を上げて笑う間野さん。


これは僕に対する仕返しのつもりかもしれない。


事実なので否定することもできないし、僕はその攻撃を甘んじて受け入れることにした。


「本当にごめん。間野さんの能力はすごいよ」


「……ありがとう」


ようやく許してくれたようで、間野さんの表情が和らいだ。


「でも、1つ気になることがあるんだ」


「あの時倒れた原因は?」


そう訊ねると、間野さんはまたプリントへ視線を落とした。
話しにくいことになるとうつむいてしまうのが癖みたいだ。


「言ったでしょ? 私の命はとっくの前に消えてるはずだった。だから能力を使って1人でも多くの人を助けたい」


「回りくどい説明はいらないよ」


そう言い切ると、間野さんは黒目をグルッと一周させて僕を見た。


「あの力を使うと間野さんの命は削られる。余計1か月っていうのはつまり……能力を使いすぎているせいだ」


全部僕の憶測だったが、僕はそう言って間野さんを見つめた。


「能力を使いすぎているかどうかは私が決めるよ。だってこれは、私が好きでやってることなんだから」


その回答に驚いて目を見開いた。


1度助かった命にすがりつきたいと思わないのだろうか。


「能力を使えと脅されたわけじゃないんだろ? それなら、死ぬまでその能力を使わないでいてもいいはずだ」


「そうだけど、それじゃなんのための力かわからない」


そう言う間野さんの腕はとても細くて、血管が透けて見えている。


「余命一か月になってもまだ続けなきゃいけないことだとは思えない」
言いながら鼓動が早くなっていくのを感じる。


もしも間野さんの病気が能力の使い過ぎによるものなら、今すぐにでもやめさせないといけない。


このまま続けていればきっと、後一か月ももたないだろう。


「これは私の人生だよ。私が決めたの」


間野さんの声が少し荒くなり、表情が険しくなった。


自分の考えを否定されたくないのは、僕も同じだ。


「どうして自分の命を削ろうとするんだよ」


「私は死ぬはずだった。何度も言わせないでよ」


「それでも今生きてるのになんで……!」


そこまで言って、僕は頭を抱えた。


これじゃ堂々巡りで同じ質問を繰り返しているだけになる。


どう言えば間野さんに伝わるのかわからなくて、僕は頭をかきむしった。


「大富君は、どうしてそんなに私のことを気にかけてくれるの?」


「そんなの……!」


クラスメートだから?


美少女だから?


余命一か月だから?


どれも違う気がした。