「なんでもないんだよ若菜。大丈夫大丈夫」


翔は笑顔を浮かべてそう言い、僕の肩に腕を回して歩き出した。


自然と僕も一緒に歩いて教室を出る格好になってしまう。


怒っているのは僕なのに、どうして翔が優位に立ってしまうんだろう。


「なぁ、昨日のことは本当に悪かったと思ってる」


生徒の少ない廊下の隅へと移動して翔が真面目にそう言った。


「お前はずっと間野さんのことが好きだったよな? それなのに、余命宣告されたら会いに行かなくなるのかよ」


むせたせいで声はまだかすれていた。


それぜも、全力で翔を睨み付けてそう聞いた。


「俺は今でも間野さんが好きだ、それは変わらない。でも……だからこそ、怖いんだよ」


翔が脱力するようにそう言った。


「間野さんの弱って行く姿を見るのが怖い。余命一か月だなんて信じたくない」


そう言う翔の声は震え、表情は見る見るうちに歪んで行った。


両手で顔を覆うその姿は、胸の痛みを耐えているのがわかる。


そんな顔をされたら、怒るに怒れなくなってしまう。


「俺にはもう、間野さんを好きでいる資格なんてないんだよ……」