途中でキスを落とされた。


「少し早いけど飯にしよう。用意しとくから、シャワーでも浴びてきて」

「あ、ご飯だったら私が……」

「いいよ。タオルもおいてあるから適当に使って」


頭をひと撫でして部屋を出て行った。

残された私は、床に散乱した衣類や下着を見て顔が熱くなるのを感じた。


シャワー中、鏡に映る胸元やお腹に散らばる赤い痕跡が妙に生々しくて羞恥心を煽る。

洗面所で最低限のメイクをして戻ると、コーヒーの芳しい匂いがした。

コーヒーって飲めないけど、かおりは好き。

カップに口をつけながら、颯ちゃんはノートパソコンに向かっていた。

タイピングの音がリズムよく響いている。

こんな朝から仕事……?

邪魔しちゃ悪いよね。

声を掛けるのを躊躇っていると、颯ちゃんが私に気付いてくれた。


「座って。まだこの部屋には時々しか来ないからちゃんとした物はつくれなかったけど、ご飯にしよう」


時々しか来ない……。

それは、きっと嘘ではない。

だって、接待や飲み会があっても、お母さんが夜勤の時は必ずリリーのところに寄ってたから。

ううん、夜勤がなくてもほぼ毎日我が家に立ち寄ってくれてた。

だから、こんなふうに篠田家とは別に家があるなんて思いもしなくて……。

颯ちゃんがパソコンを横に片付けると、椅子に私を座らせる。

カウンターに用意されていた炒飯と即席のわかめスープをリビングテーブルにサーブすると、席に戻り向かい合う。

二人で手を合わせて「いただきます」をしてご飯をいただいた。

窓から差し込む春の柔らかい光が、昨夜の二人の痴態と相反するほど清く感じて後ろめたい気持ちになる。

婚約者がいる男性、しかも自分を偽って身体の関係をもってしまった事はモラルに反する。

不倫、浮気は必ず誰かを傷つける。

絶対ダメ。

私も、すぐにでも此処を立ち去って、もう二度とりこにならない事。

それがせめてもの自分が犯した罪の贖罪だと思う。

そう、思うのに……。

颯ちゃん微笑まれると幸福と思えてしまうから、大概救いようのない性質の人間なのかもしれない。


この日を境に、私は、愛人街道を突き進むことになった。