颯ちゃんの隣に相応しくないのは解ってるけど、もう少し、傍に居たい。
颯ちゃんが、こんな私を溺愛するのを特別だと思ってはいけないんだ。
私達はあくまで家族であって、恋人ではない。
この助手席は私の物じゃないし、この指輪も、本当はいただくべきではないのだ。
3歳から今日まで、ずっと一緒に居たのに、私の知らない颯ちゃんが居る―――。
高校を卒業して、今の会社に就職して間もない頃だったと思う。
会社の女子社員が、颯ちゃんの載った雑誌をみながら騒いでる声が聞こえてきた。
『篠田颯吾の婚約者って、宮川コーポレーションの娘なんでしょ?』
『そうそう、宮川香織でしょ?所詮、篠田颯吾も美人がいいって事よね』
婚約者、の言葉に耳を疑った。
だって、私は何も知らされてなかったもの。
ずっと一緒に居たのに、付き合ってる人の影すら感じなかったのに。
目の前に、突然『彼女』を通り越して『婚約者』という大きな壁が立ちはだかった。
私達2人の間に、何かを期待してたわけじゃない。
特別扱いされるのも、家族だからであって、深い意味はないんだから。
そもそも、颯ちゃんほどの男性に彼女が居ないわけがないんだ。
ただ、お互いの事なら何でも解ってると思ってたのに、実は重大な事ほど話し合えてない。
報告してくれなかったのは、私が幼い所為か、それに値する価値がないからか。
付き合ってる彼女の存在も感知出来なかった。
なんて滑稽なんだろう、と自嘲した。
これが、颯ちゃんに婚約者がいると知った瞬間だった。
後々、耳に入ってきた噂では、香織さんは高校の同級生で、ハーフ顔で目鼻立ちがはっきりとした美人だという事。
香織さんの父親である宮川社長が、業務提携の話が浮上した際に、同級生の二人の仲を取り持ったのが切っ掛けだったとか。
だから、経営難に瀕する宮川コーポレーションを颯ちゃんの鶴の一声で救ったとかなんとか。
噂だから詳細は曖昧なものばかりで、事実はよく解らない。
それでも、宮川コーポレーションが未だ健在に経営されてるところをみると、何かしら関与はあるのかもしれないと想像するだけだ。
そりゃあ、どうして話してくれないの?て気持ちもあるけど。
私達の歴史を踏まえた上で、颯ちゃんが話さない事なのに漠然とした噂を投げかけるのも憚られる。