お風呂から上がって、ハンガーにスーツジャケットを掛けた。
これ、どうしよう……。
ぽっかり空いた穴を埋めるように、颯ちゃんの匂いがするスーツにそっと頬を摺り寄せた、その時。
ブーブーブー。
ブーブーブー。
静かな室内に、振動音が響いた。
しかも、その発生源が目の前ジャケットから……。
「まさか……」
内ポケットに手を入れると、震えるそれがでてきて瞠目した。
光るディスプレイには固有名詞ではなく、番号だけが並んでいる。
勝手にでるわけにはいかないよね……と思案していると、スマホはとまり、何となくほっと息を吐いた。
いやいや、ほっとしてる場合じゃなかった!
ど、どうしよう……。
スマホがここにあるって……凄く、まずくない?
スマホを握りしめ困惑していると、またスマホが再び震えだす。
「ひゃっ……」
奇声を発して手を緩めると、掌から落としそうになって床に落とす直前でしっかりキャッチする。
落として傷をつけたら大変だ!(人のものだし)。
スマホはいつの間にか鳴りやみ沈黙していた、ように思ったら、
「あっははは~」
突如こもった笑い声が部屋に響いて、息を飲んだ。
両手に掴んだスマホの液晶ディスプレイに、通話時間が刻まれていく。
勢いあまって通話ボタンに触れてしまったらしい。
冷や汗をかきながら、あんぐりした口は禁じ得ず、でも放置も出来ないので諦めて恐る恐る電話に出る。
「なんか凄くガシャガシャした音がしてたけど大丈夫?」
颯ちゃんだった。
「……はい、すみません。ちょっと取り乱してしまって」
「くくくっ。ごめん吃驚させたみたいだね」
「いいえ……お聞き苦しくさせてしまって、すみません。今日は、あの……その、ありがとうございました。後……すみません、勝手に出てしまって……」
「いいんだよ、電話に出てもらいたくて電話したんだから」
通話口から、颯ちゃんの弾んだ声がする。
そう……ですよね、本来電話てそういう道具ですよね……。
「スマホポケットに入れっぱなしにしてたの忘れてさ。申し訳ないんだけど、明日接待あるから、明後日でも仕事終わりに会えるかな?」
「あ、はい」
と反射的に答えてしまって、また「しまった」と青褪めた時には遅かった。