気分は娘を溺愛する父親が、外は危ないから家から出るな、的な?
颯ちゃんパパの溺愛は、私を箱入り娘どころか重箱入り娘にしようとしていた。
今回の事を知ったら、監禁……とは考えすぎだと思いたい。
今、私が『りこ』という別人なのは、非常に好都合じゃない?
気づいてないなら、このままやり過ごすのが平和的解決だ。
知らなければ、無かった(会わなかった)と同義だもんね!
特殊メイクを施してくれた和歌ちゃんに、心の中で感謝の合掌。
どうせこの姿は今日限定だし、このまま隠し通そう。
今だけブラックリリーを許して、颯ちゃん。
「りこさん?」
「あ、はいっ。あの大丈夫、です」
思いっきり自分世界に浸っていたら、颯ちゃんが訝し気な表情をしていた。
そうだ。
他人設定なのに、家まで送ってもらうわけにはいかない。
さり気なく1人で大丈夫だと言い繕って、颯ちゃんと別行動で帰宅しなきゃ。
「……やっぱり、颯……篠田さんは残られた方が……。私1人でも帰れるので」
危ない……。
今の私達は初対なんだから、颯ちゃん呼びは厳禁だ。
名字で呼んでみたけど、他人行儀な言い回しが擽ったくて、つい笑みが零れる。
顔を上げると颯ちゃんは立ち止まって振り返り、少し瞳を瞠っていた。
瞳が合うと、手で目元を覆い空を仰ぐような仕草をした。
颯ちゃんは溜め息を吐きながら呟いた。
「いや、もともと挨拶だけして帰るつもりだったからいいんだ」
手を外した目元はうっすら赤い。
暑いのかな?
それより、どうやって別々に帰るかが問題だわ。
う~ん……。
内心唸っていると、一瞬広間に流れる音楽にまじって、ガシャガシャとけたたましい音が響いた。
一拍置いて、子供の泣き声が聞こえてくる。
丁度進む先でそれは起きていて、騒然としている一角が飛び込んできた。
近づいてみれば、テーブルの横で3歳くらいの女の子が1人大粒の涙を流して声を張り上げて泣いていた。
辺りには、テーブルからだらんと形を崩したテーブルクロスが垂れ下がり、その周囲には無惨にも落ちた料理とお皿が床に散らばっている。