颯ちゃんに断りもなく、おばさんの服を借りて、メイクして、パーティでお酒飲んで。
仕舞に具合悪くなってる私を怒ってる?
よくあるドラマの一場面のように「そんな娘に育てた覚えはない!」て怒ってる?
普段家でまったりしている時間なのに、こんなところで遊んで(いるように見えたかも?)何してるんだー!って怒ってるのかも?
どうしよう、自主的にグレた覚えはないのに。
「りこさん、具合悪い?」
低い声で紡がれた言葉に息を飲んだ。
体温を一気に下降させる。
さっきから拭えない違和感、それは。
ーーー颯ちゃんは、私を『リリー』だと認識していないーーー。
さっきも『君』て言っていた。
お酒が苦手なんだろうって『彼女』は俺に任せろって。
私に気付いていたなら『リリー』と呼ぶはずだし、お酒が苦手なのも解っているはずだよね?
あぁ……そうか。
私、今特殊メイク中だった。
前髪をあげて、メガネを外した姿なんて、十数年ぶりだし。
小学校低学年から、この顔を人前に晒した事はなかった。
自分ですら忘れてしまった元の顔に、更に特殊メイクを施して原型すら不明だし颯ちゃんが気付くわけもない。
そこに、主催者への挨拶で噛んでしまって、訂正もしなかったから、千尋さんが私を『りこ』と呼んだ事で完全に別人になってしまった。
颯ちゃんが解らなくても当然といえば当然、か。
それでも、唯一の理解者だと信じていた颯ちゃんに、リリーだと気づいてもらえない落胆は明らかに大きい。
自分の変身ぶりを考えると、仕方ないと解っているのに、私は何て欲深いんだろう。
妙に冴えてしまった頭が、冷静に今自分が置かれている現状を処理し始める。
原形が解らない程メイクして、男性とパーティに出掛けたなんて、リリーをこよなく溺愛する颯ちゃんが知ったらどう思うかな?
飲めないお酒を飲んで、酔うという失態。
男物のハンカチを持ってるだけでも嫌がった颯ちゃんが、私がリリーだと知ったら激昂しそうじゃ……ない?
過去を遡る事、高校3年の進路調査。
就職すると決めた時に「俺が養うから、リリーは家に居てもいい」と言った人だ。