「うん、上手に出来てる。何も怖くないから。焦らなくてもいい。ゆっくり……ゆっくり、息を吐いて」


背中を叩いて、呼吸の手助けをしてくれる。

真っ白だった意識は色味を増し、颯ちゃんの香水の匂いが、私の不安を緩和していく。

緩やかに正常な呼吸を取り戻し、歪んでいた世界も正しい形で視界にとらえる。

ただ、ちょっと足に力が入らず、支えられるままその腕に縋った。

く、苦しかった……。

まだ高鳴る鼓動を胸の上から手でおさえ。

背中に添えられた大きな手は、私を窮地から解放して安息へと導くように、宥めるように上下される。

息を整え、その姿を仰ぎ見ると大好きな色素が薄い茶色い瞳があった。


「落ち着いた?」


穏やかな微笑みを注がれて、心が満たされる感じがした。

心底安堵して頷く。

さっき私の顔を覘き込んできた男性が声を掛けてきた。


「過呼吸……大丈夫?」


颯ちゃんの胸にしがみついて、隠れるようにして頷く。

特殊メイクで変身したとはいえ、やっぱり前髪や眼鏡とか1つ壁がないと、人の顔を直視するのは怖い。


「いいな~颯吾。こんな可愛い()にくっつかれて」

「おまえが脅かすから怯えてるだろう」

「脅かしてねぇよ。主催者側として挨拶してただけだよ」

「挨拶って……、どう見たって不審者だろ?」

「うわっ、ひっどー!パーティに花を添えるのに、マスコットって必要だろ!」


ちらっと見ると、男性は何故かウサギの着ぐるみを着ている。

脱いだ耳の付いた頭を片手に持って、得意げに胸を張って見せた。

主催者側って、水戸さんが病院関係者は仮装してるって言ってたけど……この男性もドクターなのかな?

この場に不釣り合いなマスコットって……ただの罰ゲームにしか見えない。

それにしても、さっきから気安い砕けた口調に、2人が親しい関係だと読み取れる。


「黒川、大丈夫か?」


水戸さんが気遣わし気に声を掛けてきた。