もしかして、メイクが崩れてきたかな?

人の瞳が、棘のように突き刺さって来る方向に背を向ける。

化けの皮が剥がれて、変身前の私が露見するんじゃないかという恐怖。

落ち着いたはずの呼吸が、また苦しい。

体温を失った手が震える。

ワイングラスを持つ手に力が入る。

もう片方で水戸さんの腕につかまるように添えると「どうした?」という表情で尋ねてきた。

仕事の邪魔かもしれないけど、もう何かに掴まっていないと倒れてしまいそうな衝動に、手を放す事は出来なかった。

運よく、なのか。

水戸さんが盾となり、ドクター達から死角になっていて、誰も私の状況に気付いていないみたい。

部長夫妻も何処かに行ったのか姿は見られない。

仕事で来てるのに、騒ぎにしたくない。

誰も気づかないうちに、化粧室に……。

そう何度も思うのに、口も足も思考を裏切って動かない。

視界が滲み始めた時―――。


「うわ~、水戸さんめっちゃ可愛い子連れてるね~」


突然、ひょいっと私の持つグラスを持ち上げ、男性の顔を覘き込んできた。

僅か十数センチと、あまりに近い距離で、驚きのあまり目瞠して一瞬息が止まった。

息が……苦しい―――。

眩暈がして、クラクラ意識が白ばむ。

あれ?

呼吸ってどうやってするんだっけ?

当たり前にしていた事が、今はどうしたらいいのか解らない。

このままだと窒息死してしまう。

卒倒しそうな身体をなんとか維持して一歩後ずさると、とんっと背中に何かがぶつかった。

その衝撃で、体勢を維持できなくなって床に落ちそうなった、その時―――。

絶望に揺れる身体が、誰かに抱きかかえられる感覚があった。


「息を吐いて」


突然、後ろから声が降ってきた。

鼓膜に心地良く響く低音は、よく馴染みがあって耳障りが良い。


「焦らなくていいから。ゆっくり……ゆっくり……息を吐く事に集中して」


言われた通り、ゆっくり息を吐く。

心臓が破裂するんじゃないかと思えるほど、バクバクする。


「今度は少し息を吸って。また、ゆっくり、細く息を吐いて」


優しく大きな手も、背中に感じる温かな感触。