ふらつく鉛のような足は、歩くのがやっとだ。
その間も刺すような視線が飛び交い、夢遊病者のように引かれるまま重心を前に進める。
「あの大きなテーブルのところに居るのが、今回の主催者。高坂院長夫妻と娘の千尋さんだ」
ぼんやり虚ろな瞳で促された方を見ると、蝶ネクタイをした少し恰幅の良い年嵩の男性と、ベージュのワイドパンツススーツを着た院長夫人らしき女性。
ウェディングドレスを彷彿させる純白のビスチェ風のロングドレスで背中を露出されているセクシーな女性の姿があった。
近くまで行くと、部長が高坂院長に挨拶をする。
水戸さんに掴まっていた腕を外して、姿勢を正す。
ほぼ爪先立ちで、ふらふらしそうな身体を必死に支える。
会話なんて、全然頭に入ってこず、耳を滑っていく。
息苦しい……。
冷や汗を感じ、自分の限界ラインを探る。
タイミングを見計らって、1度化粧室に行った方がいいかもしれない。
「……川。……川。……黒川」
「は、はいっ」
水戸さんが心配そうに顔を覘き込んでいた。
あ。
完全に意識が飛んでた。
「娘の千尋さんと、婚約者の佐田さんに花を……」
促されて、持ってたバラの花束を千尋さんに差し出す。
「ほ……本日は、ご、ご婚約、おめでとうございます」
乱れそうな息を抑えると、声が掠れてしまった。
「まぁ、とても嬉しいわ。ありがとうございます。見て?」
幸せそうに、隣にい細身な男性に花束を見せる。
どうやら、婚約者らしい。
『婚約者』。
その単語に颯ちゃんを重なった。
颯ちゃんの隣に立つ女性もこんな感じなんだろうかと、目の前の美男美女に魅入っていると、紹介された美女、千尋さんと視線が絡まった。
私の不躾な態度にも不快の色も滲ませず、にっこり微笑まれ、申し訳なさで恐縮してしまう。
……颯ちゃん。
その姿を思い出すと、ほんの少し、苦しさが軽減された気がする。
美しい微笑みを添えたまま、千尋さんが口を開いた。
「水戸さんも、可愛らしい方と一緒ね。恋人かしら?お名前を伺っても?」
「は、はい。く、黒、黒川り、りこと申します」
カラカラの口は舌が回らず、噛みまくった……。
「うふふ、本当に可愛い方ね。今日は来て下さってありがとう。楽しんでいって下さいね」