つい見とれていると、隣から声をかけられた。
見上げた水戸さんは、瞳を細め微笑みをたたえている。
「どうか、しましたか?」
「……綺麗だなと、思って」
「本当ですね。満開になるのが楽しみです」
「いや……桜じゃなくて……黒川が」
「……えっ?」
言葉を理解するのに数瞬。
予想外な返答に、顔が熱を帯びる。
お、恐るべし……特殊メイク。
気を緩めると、すぐに足元グラグラして「おっとっと」と手をバタバタさせていると、水戸さんが腕を捕まえて支えてくれた。
「すみません……」
「俺の腕につかまってろ」
肘を突き出されて、逡巡してしまう。
こ、これは……所謂カップルの腕組み……。
私なんかが、我が社1のイケメンと密着するなんて許されない!
気力を込めた足は、やっぱりヒールの部分がカクカクした。
やっぱ1人じゃ歩けないかも……。
迷ったけど、お言葉に甘えてそっと、差し出された肘に手を通した。
一瞬、河原さんの鬼のような顔が脳裏を横切る。
これは、不可抗力です……。
ロビーまで行くと、営業担当の部長が奥様らしき女性と立っていて、水戸さんに軽く手を挙げていた。
「遅くなって、すみません」
「私達もさっき着いたところだ」
多少、時間に余裕があるにしても、目上の方を待たせるのは憚られる。
主に私の支度に手間取ってしまった所為よね……。
「水戸さん、とても可愛いお嬢さんね。恋人?」
奥様が、水戸さんと組んだ腕を見てから私を見て上品に微笑む。
「あ、ちが……」
手を引き抜こうとすると、水戸さんが脇に力を込めて阻止された。
水戸さん、仕事なのに人目は気にしないとダメですよ。
そんな抗議は伝わってないようで、力は緩む気配がない。
「これでは女性を紹介しようして断られても仕方ないな」
「本当、余計なお節介をしてしまってごめんなさい。貴女にも嫌な思いをさせたでしょう」
完全な勘違いに、頬が引き攣りそう。
特殊メイクのお陰で、どうやら部長夫妻は私を社外の人間だと思ったらしい。
「私の方こそ、申し訳ありません」