メイクと言っても、下地を塗ってファンデとリップをつけるだけなんだけど。
白のシャツにライトグレーの薄手のニットに、ベージュの膝丈スカート。
腰まである髪を束ねて左前に流すだけ。
長めの前髪はそのまま整えて、眼鏡を装着。
はい、完成。
カラフルな色が苦手なので、なるべく地味な色合いで、目立たない服装を心掛けている。
視力は両目ともに1.5といいんだけど、顔を晒す面積は少ない方がいいので、度のない眼鏡を装着している。
それはお洒落のためにではなく、小さい時に「ブス」と言われ続けたのが原因で、なるべく顔を人目に晒したくないのだ。
小2のあたりからは完全に今のようなスタイルを通していて、唯一友達と呼べる人も和歌ちゃんだけ。
今も鏡を見るのが苦手で、メイクなんて殆ど感覚でしている。
空気のような存在で在るのが、私の平穏なのだ。
朝食を済ませて、歯を磨いて、歩きやすいようにローヒールの靴に足を入れる。
「行ってきます」
キッチンに居たお母さんに声を掛けて、玄関のドアを開けると丁度見慣れたSUVの黒い車が通りかかりったところだった。
胸が大きく高鳴る。
家の前で停車すると、パワーウインドウが下がって中から王子様のような美しい男性が爽やかな笑顔を見せた。
「リリー、おはよう」
「颯ちゃん、おはよう」
「早く乗って」
「……うん、ありがとう」
くるっと回って、助手席に乗り込む。
社会人になった今も、颯ちゃんは変わらず私の事を気にかけてくれている。
本来なら、こうやって一緒に通勤するのも辞退しなきゃいけないんだけど……。
つい甘えてしまうんだよね。
「リリー、はい」
席に就くと、小さな紙袋を手渡される。
「え?」
「お誕生日おめでとう」
「あ、ありがとう!覚えててくれたんだ」
「リリーの誕生日忘れる訳ないじゃん」
得意げに言い、私がお土産を開けるのを今か今かと待ちわびている。
8歳年上とはいえ、こういう仕草には母性本能が擽られるな。
悪戯をする子供が、罠に引っ掛かるのを期待しているかのような眼差し。
袋から取り出すと、掌に乗るくらいの大きさのネイビーの箱?ケース?が出て来た。