でも、野村さんがこういうふうに話しかけてくるのが珍しいので、何か手伝ってほしい仕事があるのかと、少し小首を傾げてみる。


「あのさ、もし何もなければ一緒にメシでも行かない?」


突然のお誘いに、一瞬頭がフリーズした。

自慢じゃないけど、生まれてこの方、男性に食事に誘われた事なんて1度もない。

長い前髪に、何のお洒落感もない黒ぶち眼鏡。

ファンデーションを塗っただけの真っ白な顔。

第一釦までしっかりしめた制服。

こんな地味な私を食事に誘うもの好きがいるとは思ってもみなかった。

しかも、席が隣ってだけで、最低限の会話しかした事もないのに、いきなり食事だなんて私にはハードルが高すぎる。

慣れない人と面と向かって話をするなんて……考えただけでも、窒息してしまう。

だいたい私と一緒に居たって何も楽しい事なんか……。

もしかして、ドラマでよくある「お金貸して」って頼まれるパターン!?

人懐っこい笑顔の裏では、苦労してます、の涙涙の身の上話?

お母さんが難病で入院費が~、とか!?

世間知らずな私は、あれよあれよと口車に乗せられて、ついついお金貸してしまうっていうヤツかしら!?

それとも怪しい壺買わされる!?

友達もなく、服にも化粧品にもお金はかかっていない私は、使い道のないお金をひたすら蓄えてるように見られてたのかな?

1人で疑心暗鬼に妄想を繰り広げていると、向かいの席の三沢さんがPCの隙間から顔を出してきた。


「こらこら野村君。黒川さんは彼氏居るからデートにお誘ったらダメだよ」

「「えっ!?」」


身に覚えのない爆弾投下に、野村さんと驚きの声がハモった。

えーっと……。

たぶん、聞き間違いでなければ、今私に彼氏が居ると聞こえたような……。

たぶん、当事者だと思われる私は、そんな自分の春の訪れに、全く身に覚えもないのですが……。

瞳を白黒させている私を無視して、三沢節がうねる。


「野村君よ。ほら、黒川さんの指輪。それ見て何とも思わないか?二十歳そこそこのOLの給料で買える代物じゃないだろう?」


何処かの探偵を連想させるように、机上に置かれた右手の指輪の存在を指摘された。