「だからこれは、何が何でも。1分1秒、兎に角早く、速攻でさっさと返すんだぞ!リリーの部屋に男物があるなんて、俺にはひじょょょょょうに、耐えられないっ」
一言一言に私怨を込めるように念を押され、可笑しくて笑いが零れた。
俗に言う、父親が突然出現した娘の彼氏に(彼氏じゃないけど)ヤキモチを焼いて因縁をつけるっていう、それっぽい。
「人の、特に男の助け舟にのってはいけません。危ないからね。頼っていいのは俺だけ。これは絶対!ああ……でも心配だなぁ。リリー、いっそうちの会社に転職しない?人事に口添えするからそうしなよ」
「いえ、結構です」
話があらぬ方向に向かって行きそうなので、手で制しながらきっぱり断る。
「残念。でも転職する気になったら、いつでも声かけて。あ、別に働きたくなくなったら、俺がちゃ~んと面倒みるから安心して。リリーのニート大歓迎」
そんな冗談をさらっと言えてしまえる颯ちゃんに、胸の痛みを感じながら、なんとか口角をあげた。
こんなに傍に居るのに、遠い人……。
颯ちゃんが結婚する時、ちゃんと「おめでとう」て言えるようにならなきゃ。
いつか、この想いを過去として、ちゃんと『家族』として向かい合える日がきたらいいな。
翌日。
今日も出勤する時、ずーーーっと「早く返すんだよ?返したら連絡してね?」て言ってくるもんだから、耳タコだ。
それでも、颯ちゃんの言いつけ通り、会社につくと真っ先に営業課へ向かう私は、忠誠心溢れる名犬。
彼の有名なフランダースの犬に負けてないと思う。
と、意気込んできたものの、いざ営業課の扉を前にすると足が竦んでしまう。
昨日、前髪に触れようと伸びて来た手がフラッシュバックさせて、身体の芯が震えた。
落ち着け、私。
大きく深呼吸をする。
手を振り払ってしまった事も、きちんと謝らなきゃ。
社訓に『明るい職場は、温かい人間関係から』というフレーズがある。
なんだかんだ、全く関りを持たずに済む課の関係ではないし、同じ建物内にいるから、これからも顔を合わせる機会があるだろうから、きちんとしておかないと。