カールされた長い睫毛が震え、瞳が潤んでいる。

悪から遠ざけ、純粋培養て育てはしたが、こうやって男心を擽る術を教えた覚えはないんだけどな……。

高鳴る心臓を落ち着かせようと、周囲に視線を流すと、リリーに頰染める輩が何人もいた。

チっ。

これ以上、リリーを人前に晒すのは危険だな。

それに、水戸と言ったこの男も、リリーを意識しているのは間違いなかった。

何とかリリーを連れて帰れそうだったのに、途中、何処からともなく子供の泣き声がした。

尋常ではない声音に、訝しく近づいて行ってみる。

人山が開けた場所に出ると、中心に居たのは水浸しの女の子供。

その周辺には散乱する料理。

既視感を覚えた。



脳裏に蘇るのは、この女の子と同じ年頃のリリーがベビーシッターの足元で1人泣いている場面。

床に散乱するお絵かき用のノートと色鉛筆。



親は近くに居ないようで、助けを求めるように泣き叫んでいる。

俺が一歩足を進めるよりも先に、いち早くリリーが横から飛び出した。

人目が気になり、目立つ事は絶対にしないリリーが一目散に駆け寄ると、女の子を抱きしめた。

ハンカチを取り出し、濡れる女の子から丁寧に水気をふき取る。

あぁ、そうか。

もしかしたら、記憶がないながらにも、幼少期の自分と女の子を重ねているのかもしれない。

子供の時の俺が、幼いリリーに自分を重ねたように―――。

両親が揃いながら、仕事に打ち込む大人に、虐待を受けても己の状況を訴えられなかったリリー。

俺は、見放されたリリーを守ることで自分を救い出し、リリーは今、女の子を遠巻きにしている大人から自分を救おうとしているのかもしれない。

ホテルスタッフからタオルを借りると、リリーの胸に縋る女の子にかける。

頭や衣類を軽くドライすると、リリーの細い腕から女の子を受け取り抱きあげた。

覿面にほっとするリリーに、微笑んだ。

俺が居る。

俺が、どんな時でも駆け付けて手を差し伸べるから、もう1人で抱え込まなくていいんだ。

言葉で伝えられない代わりに、そう心で願った。


それからリリーを駅前まで送り、スマホを入れたままのスーツジャケットを預けた。

他人のフリをしている今、次会う時の伏線は必要だろう。

仕事の途中に飛び出してしまったので、一旦会社に戻り、作業中のものを片付けた。